第6話:ドワーフの職人
翌朝、理人とエドワードは王都の職人街へと向かった。石畳の道の両側には、様々な工房が立ち並んでいる。鍛冶屋の金槌を打つ音、皮革職人の作業する音、そして時折聞こえる魔法の発動音。
「この一角は、ドワーフの職人たちが多く住む場所です」
エドワードが説明した
「彼らは王国一の技術者集団として知られています」
理人は周囲を観察した。確かに、背の低い屈強な体格の人々が多く見られる。皆、真剣な表情で仕事に取り組んでいた。
「あそこです」
エドワードが指差したのは、通りの奥にある比較的大きな工房だった。看板には「グランツ精密工房」と刻まれている。
中に入ると、様々な金属製品やガラス細工が陳列されていた。武器、防具、装飾品。どれも精巧な作りで、職人の技術の高さが窺える。
「おや、エドワードじゃないか」
奥から太い声が響いた。現れたのは、立派な赤褐色の髭を蓄えたドワーフの男性だった。身長は理人の胸ほどしかないが、その存在感は圧倒的だった。
「久しぶりだな、グランツ」
エドワードが笑顔で応じた。
「五年ぶりか?相変わらず怪しい商売をしているのか」
「怪しいとは心外だな。正当な商いだよ」
グランツは豪快に笑い、それから理人に目を向けた。
「そっちの若造は?」
「私の知人です。蒼葉理人と言います」
「理人です。初めまして」
理人が頭を下げると、グランツは値踏みするような目で彼を見た。
「ヒューマンか。しかし、その目は只者じゃないな。職人の目をしている」
「職人......ですか?」
「ああ。何かを作ること、何かを理解することに情熱を注ぐ者の目だ。俺にはわかる」
グランツは理人の手を取り、掌を見た。
「確かに、肉体労働はしていない手だ。だが、細かい作業をする手だな。何を作る?」
「機械......いや、精密な器具を作ります」
「ほう」
グランツの目が輝いた
「面白い。で、エドワード。今日は何の用だ?」
「実は、特殊なレンズを作ってほしいんだ」
エドワードは懐から設計図を取り出した。それは理人が昨夜、詳細に描いたものだった。顕微鏡の対物レンズと接眼レンズの仕様。
グランツは設計図を手に取り、じっくりと眺めた。その表情が次第に真剣になっていく。
「これは......曲率半径がかなり小さい。それに、この透明度の要求は厳しいな」
「作れるか?」
「作れるかって?」
グランツは笑った
「俺を誰だと思っている。グランツ・アイアンハンマーだぞ。王国一のガラス職人だ」
「では」
「ただし」
グランツは設計図を見つめたまま続けた
「これは普通のレンズじゃない。何に使うんだ?」
理人とエドワードは顔を見合わせた。
「それは......」
「いいさ、言いたくなければ言わなくて。だが、俺は知りたい」
グランツは二人を見た
「このレンズ、ただの拡大鏡じゃないな。二つのレンズを組み合わせて使う設計だ。これで何を見る?」
理人は決断した。グランツは信頼できる。その直感が働いた。
「目に見えないほど小さなものを見るためです」
「目に見えない......?」
グランツは眉をひそめた
「魔法の力を使わずに?」
「はい。光の屈折を利用して、小さなものを何百倍にも拡大します」
グランツは驚愕の表情を浮かべた。
「光の屈折......なるほど、だからこの曲率か。理論的には可能かもしれん。だが、本当に見えるのか?」
「私の世界では、実用化されています」
理人は答えた
「これを使えば、水の中にいる小さな生物や、病気の原因となる微生物を見ることができます」
「お前の世界?」
「理人さんは、遠い場所から来たんだ」エドワードが補足した「そこでは、こういった技術が発展している」
グランツは腕を組んで考え込んだ。
「病気の原因が見える......それが本当なら、革命的だな」
「グランツ、お前は科学的な考え方を理解できるか?」
エドワードが慎重に尋ねた。
「科学?」
グランツは首を傾げた
「その言葉は初めて聞くが、意味は何となく分かる。魔法に頼らず、理屈で物事を理解するってことだろ?」
「そうだ」
「だったら、俺たちドワーフは昔からそうしてきた」
グランツは胸を張った
「魔法は便利だが、俺たちは自分の手と頭で物を作る。金属の性質、炎の温度、水の冷却効果。すべて経験と観察から学んできた」
理人は感心した。ドワーフの職人気質は、まさに科学的アプローチそのものだ。
「だが、最近は魔法至上主義の連中が煩い」
グランツは眉をひそめた
「『魔法を使わない技術は時代遅れ』だと。ふざけるな。俺たちの技術があるから、魔法使いどもの武器も防具も作れるんだ」
「グランツ、お前は科学が異端とされることについて、どう思う?」
「馬鹿げている」
グランツは即座に答えた
「魔法も技術も、どちらも必要だ。片方を否定するのは愚かだ」
エドワードは安堵の表情を浮かべた。
「実は、グランツ。私たちは、科学を密かに研究しているんだ」
「知ってるよ」
「え?」
「お前が変な商人だってことは、昔から知ってる。普通の商人が、こんな変わった注文をするか?」
グランツは笑った
「だが、俺は気にしない。お前は良い客だし、何より面白い」
理人は、グランツの人柄に好感を持った。実直で、開放的で、そして技術への情熱がある。
「グランツさん、お願いがあります」
理人が前に出た
「このレンズを作ってください。そして、完成したら、あなたにも見せたい。この装置で何が見えるのか」
「ほう」
グランツは理人をじっと見た
「お前、面白い奴だな。自分の秘密を俺に見せるってのか?」
「はい。なぜなら、これは秘密にすべきことではないからです。多くの人に知ってもらうべきことです」
「理人さん」
エドワードが心配そうに声をかけたが、理人は続けた。
「科学は一部の人間だけのものではありません。みんなの財産です。グランツさんのような技術者こそ、科学を理解し、活用すべき人です」
グランツは沈黙した。そして、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「気に入った。お前、本当に面白い。いいだろう、作ってやる。最高のレンズをな」
「ありがとうございます!」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「完成したら、その装置で何が見えるのか、俺にも見せろ。それから、その原理を教えろ。俺も勉強したい」
理人は笑顔で頷いた。
「もちろんです。むしろ、お願いしたいくらいです」
「よし、契約成立だ」
グランツは力強く理人の手を握った
「一週間待て。最高のレンズを作ってやる」
エドワードが金貨の入った袋を取り出そうとしたが、グランツは手を振った。
「金はいらん。これは投資だ。面白いものができる予感がする。それが報酬だ」
「だが、グランツ」
「いいから。ただし、失敗したら笑い話にするからな」
三人は笑い合った。
工房を出る時、グランツが呼び止めた。
「なあ、理人」
「はい?」
「お前、どこから来たんだ?本当に」
理人は少し考えてから答えた。
「とても遠い場所です。そこでは、科学が当たり前のように使われています」
「そんな場所があるのか......」
グランツは遠くを見るような目をした
「いつか、そんな世界をこの目で見てみたいな」
「きっと、いつか」
理人は微笑んだ
「この世界も、そうなります」
「お前がそうするのか?」
「私だけじゃありません。エドワードさんも、リーナさんも、そしてグランツさんも。みんなで」
グランツは豪快に笑った。
「ははは!若いっていいな。夢があって」
だが、その目は真剣だった。
工房を後にした理人とエドワードは、市場を通って帰路についた。
「理人さん、少し大胆すぎませんでしたか?」
エドワードが心配そうに言った。
「確かに、リスクはあります。でも、グランツさんは信頼できます。それに、科学を広めるには、協力者が必要です」
「それはそうですが......」
「エドワードさん、三十年間一人で研究してきて、どうでしたか?」
エドワードは答えられなかった。
「孤独だったはずです。でも、今は違います。リーナさんがいて、私がいて、そしてグランツさんがいる。協力者が増えれば、できることも増えます」
「そうですね......」
エドワードは微笑んだ
「あなたが来てから、世界が広がった気がします」
その時、前方で人だかりができているのが見えた。
「何だろう?」
二人が近づくと、広場に布告が貼られていた。人々が不安そうな顔でそれを読んでいる。
布告には、こう書かれていた。
『王国令第七十三号 異端思想の取り締まり強化について
魔法を否定し、神聖なる力を冒涜する思想は、王国の秩序を乱す危険なものである。
よって、以下の行為を禁ずる。
一、魔法以外の方法で自然現象を説明すること
二、魔法の原理を科学的に解明しようとすること
三、上記の思想を持つ者と接触すること
違反者は、追放または矯正の対象とする。
情報提供者には、報奨金を支給する。 ラグナロク王国 内務省』
理人とエドワードは、凍りついた。
ついに、公式の取り締まりが始まったのだ。
周囲の人々は、不安そうに囁き合っている。
「科学的って何だ?」
「よくわからんが、魔法を疑うことらしい」
「怖いな......密告制度だって」
「隣人を信じられなくなる」
エドワードの顔は青ざめていた。
「理人さん......これは」
「落ち着いてください」
理人は小声で言った
「今はここを離れましょう」
二人は急いでその場を後にした。
研究室に戻ると、エドワードは椅子に座り込んだ。
「ついに来てしまった。三十年間、恐れていたことが」
「エドワードさん、大丈夫です」
「大丈夫なものか!私たちがやっていることは、まさに禁止事項そのものだ!」
理人は深呼吸をして、冷静に考えた。
「確かに、状況は厳しくなりました。でも、まだ発覚していません。慎重に行動すれば、大丈夫です」
「だが......」
「それに、この布告をよく読んでください。『魔法を否定し』とあります。私たちは魔法を否定していません。魔法を理解しようとしているんです」
「詭弁だよ、それは」
「いいえ、重要な違いです」理人は真剣に言った「私たちは魔法と科学を融合させようとしている。対立しているわけじゃない」
エドワードは理人を見つめた。
「あなたは、本当に恐れないのですか?」
「恐れています」
理人は正直に答えた
「でも、恐れているだけでは何も変わりません。私たちには、やるべきことがあります」
エドワードは深くため息をついた。
「あなたは強いですね。まだ若いのに」
「強いわけではありません。ただ、科学者としての責任を感じているだけです」
その夜、理人は一人で研究室に残り、顕微鏡の詳細設計を続けた。
一週間後、グランツがレンズを完成させる。それを使って顕微鏡を組み立て、そして世界を変える第一歩を踏み出す。
だが、取り締まりは既に始まっている。時間との戦いだ。
理人は設計図に向かいながら、心の中で誓った。
必ず、科学の真価を証明してみせる。
そして、元の世界に帰る。
その二つの目標を達成するまで、決して諦めない。
異世界の夜は深く、しかし理人の決意は揺らぐことはなかった。
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