第4話:魔法訓練と科学的検証
翌朝、理人はエドワードが用意してくれた研究室の一角にある小さな部屋で目を覚ました。石造りの壁、簡素なベッドと机。決して豪華ではないが、不思議と落ち着く空間だった。
窓の外からは、既に街の喧騒が聞こえてくる。様々な種族が行き交う声、商人の呼び声、遠くから聞こえる鐘の音。
「ここは、本当に異世界なんだ......」
理人は自分の手を見つめた。昨夜、水晶が青く光ったこと。自分にも魔法の才能があるということ。物理学者として二十三年間生きてきた常識が、少しずつ書き換えられていく感覚があった。
着替えを済ませ、地下の研究室へ向かう。階段を降りると、既にエドワードが作業台で何かの準備をしていた。
「おはようございます、理人さん。よく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで。しかし、申し訳ありません。私のせいで、エドワードさんに負担をかけて」
「いえいえ、とんでもない」
エドワードは手を振った
「三十年間、誰とも科学について語り合えなかった私にとって、あなたの存在は何よりの報酬です。さあ、朝食を取りましょう。その後、訓練を始めます」
二人は地下室の小さなテーブルでパンとスープの朝食を取った。パンは固めだが、噛むほどに麦の味が広がる。スープは野菜と肉が入っており、体に染み渡る温かさだった。
「この世界の食事、美味しいですね」
「ありがとうございます。ただし、保存技術が未発達なので、食材は限られています。冷蔵の魔法道具もありますが、高価で一般家庭には普及していません」
「冷蔵......魔法で?」
「ええ、氷魔法を付与した箱です。ただ、マナの供給が必要なので維持費がかかります」
理人の頭の中で、アイデアが浮かんだ。熱力学の原理を応用すれば、魔法を使わずに冷蔵が可能かもしれない。だが、それは後の話だ。今は魔法を学ぶことが優先だ。
食事を終え、エドワードは理人を研究室の広い空間に案内した。
「では、魔法の基礎から始めましょう。まず、マナを感じることから」
「マナを感じる?」
「ええ。目を閉じて、深呼吸をしてください。そして、自分の体の中に流れるエネルギーを意識するのです」
理人は言われた通りに目を閉じた。深く息を吸い、ゆっくりと吐く。最初は何も感じなかった。だが、集中を続けるうちに、かすかな感覚が生まれてきた。
それは、体の内側を流れる温かい川のようなものだった。いや、川というより、血液のように体中を巡っている何かだ。
「これが......マナ?」
「そうです!感じられましたか!」エドワードの声が興奮に満ちていた「通常、マナを感じるまでに数日から数週間かかります。あなたの集中力は並外れていますね」
「物理実験で、微細な変化を観察する訓練を積んできましたから」
「なるほど。科学の訓練が、魔法の習得にも役立つとは。興味深い」
エドワードは羊皮紙を広げ、魔法陣のような図形を見せた。
「マナを感じることができたら、次はそれを操る訓練です。手の平にマナを集めてみてください」
理人は目を閉じたまま、意識を右手に集中させた。体内を流れるマナを、川の流れを変えるように、手の平へと導く。
すると、手の平に温かさが集まってくるのを感じた。
「目を開けてください」
理人が目を開けると、自分の掌の上に、小さな青白い光の球が浮かんでいた。
「これは......!」
「素晴らしい!これがマナの可視化です。あなたの適性が無属性である証拠に、色が青白いですね」
理人は科学者としての視点で、この現象を観察した。光の球。エネルギーの塊。これは一体、何でできているのか。質量はあるのか。温度は。
「エドワードさん、この光の球、測定できますか?」
「測定?」
「重さ、温度、発光スペクトル。科学的に分析したいんです」
エドワードの目が輝いた。
「その発想は、私には思いつきませんでした。ええ、やってみましょう!」
二人は実験台に向かった。エドワードが天秤、温度計、そしていくつかの測定器具を用意する。
「まず、重さを測ってみましょう。この光の球を、天秤の上に置いてください」
理人は慎重にマナの球を天秤の皿の上に移動させた。すると、驚くべきことに、天秤が動いた。わずかだが、確実に重さがある。
「質量がある......!」
「なんと。マナには質量があるのですか」エドワードが驚愕の声を上げた「私は三十年間、マナは純粋なエネルギーだと思っていました」
「E=mc²......」
理人は呟いた
「エネルギーと質量は等価。アインシュタインの相対性理論が、この世界でも成立するのかもしれない」
「あいんしゅたいん?」
「私の世界の偉大な科学者です。彼は、エネルギーと質量は本質的に同じものだと証明しました」
理人は興奮を抑えながら、次々と実験を行った。温度計を近づけると、わずかに温度が上昇している。光の色を分析すると、特定の波長に偏っている。
「これは......光子の放出だ。しかし、可視光線だけでなく、未知の波長も含まれている可能性がある」
「理人さん、あなたは魔法を初めて見たのに、まるで長年研究してきたかのように分析していますね」
「科学者の習性です」理人は笑った「未知の現象を見たら、まず観察し、測定し、仮説を立てる。それが私たちのやり方なんです」
「素晴らしい。では次に、実際に魔法を使ってみましょう」
エドワードは分厚い本を開いた。そこには、様々な魔法の詠唱文が記されている。
「最も基本的な魔法、火の魔法から始めましょう。これが詠唱文です」
羊皮紙には、こう書かれていた。
『火よ、我が意思に応えよ。小さき炎となりて、闇を照らせ』
「この言葉を唱えながら、マナを手の平に集中させます。すると、火が生まれます」
「言葉がトリガーになるんですね。プログラミング言語のように」
「そうかもしれません。では、やってみてください」
理人は深呼吸をして、詠唱を始めた。
「火よ、我が意思に応えよ。小さき炎となりて、闇を照らせ」
手の平にマナを集中させる。すると、青白い光の球が、徐々に赤みを帯びていった。そして次の瞬間、小さな炎が手の平に現れた。
「成功です!」
エドワードが拍手した
「初めての詠唱で火を出せるとは!」
理人は炎を見つめた。熱い。確かに熱を感じる。だが、手の平は火傷していない。
「なぜ、手が火傷しないのですか?」
「良い質問ですね。魔法で生成した炎は、術者の意思でコントロールできます。自分を傷つけないように、無意識に調整しているのです」
「意思によって物理現象を制御する......」
理人は考え込んだ。これは、量子力学の観測者効果に似ている。観測者の意識が、量子の振る舞いに影響を与える。もしかしたら、魔法とは意識が物理現象に直接作用する現象なのかもしれない。
「次は水の魔法です」
『水よ、我が手に集いて。清らかなる雫となれ』
理人が詠唱すると、手の平に小さな水の球が現れた。これも成功だ。
「風、土も試してみましょう」
エドワードの指導のもと、理人は基本四元素の魔法を次々と成功させていった。それぞれの魔法で、異なる現象が起きる。質量の変化、エネルギーの放出形態、持続時間。
理人は詳細にデータを記録していった。
「驚異的です」
エドワードは感嘆の声を漏らした
「初心者が一日で四元素すべてを成功させるなど、聞いたことがありません」
「おそらく、私が現象を理論的に理解しようとしているからだと思います。感覚だけでなく、論理でも魔法を捉えている」
「科学的思考が、魔法の習得を早めている......なんという皮肉でしょう。この世界では、科学と魔法は対立するものとされているのに」
「本来、対立する必要はないはずです」
理人は真剣な表情で言った
「科学も魔法も、世界の真理を探求するもの。アプローチが違うだけで、目指す場所は同じだと思います」
エドワードは深く頷いた。
「その通りですね。では、次は少し難しい魔法に挑戦しましょう。光魔法です」
『光よ、闇を払い、道を照らせ』
理人が詠唱すると、手の平から柔らかな白い光が広がった。研究室全体が、優しい光に包まれる。
「美しい......」
「光魔法は、治癒効果もあります。傷を癒やし、病を和らげる。天使族が最も得意とする魔法です」
「光に治癒効果......これは、紫外線による殺菌作用とは違う原理ですね」
「しがいせん?」
「ごめんなさい、私の世界の専門用語です。光にも様々な種類があり、目に見えない光もあるんです」
「なんと!光に見えない種類が!」
理人は、この世界の住人がまだ知らない科学知識を、どこまで伝えるべきか迷った。歴史を変える恐れは......いや、エドワードの言う通り、ここは地球とは別の世界だ。ならば、知識を共有することに問題はないはずだ。
「エドワードさん、光について、詳しく説明しましょうか?」
「ぜひ!」
理人は羊皮紙を取り出し、図を描き始めた。電磁波のスペクトル、可視光線の波長、紫外線と赤外線。エドワードは目を輝かせながら、理人の説明を聞いていた。
「なるほど......光とは波であり、その波の長さによって性質が変わる。そして、目に見えない光も存在する。これは、魔法の光にも応用できるかもしれません」
「はい。もしかしたら、治癒光魔法は特定の波長の光を放出しているのかもしれません」
二人は熱心に議論を続けた。科学と魔法の境界が、少しずつ曖昧になっていく。
そのとき、突然、地下室への扉を叩く音が響いた。
エドワードの表情が緊張する。
「誰だ......この時間に」
エドワードは慎重に階段を上り、扉の前で立ち止まった。
「どなたですか?」
「エドワードさん、私です。リーナ」
女性の声だった。エドワードは安堵の表情を浮かべ、扉を開けた。
階段を降りてきたのは、二十代半ばと思われるエルフの女性だった。長い銀髪、透き通るような肌、そして特徴的な長い耳。彼女は理人を見て、驚いた表情を浮かべた。
「あら、お客様?」
「ああ、リーナ。紹介しよう。彼は蒼葉理人さん。遠くから来た、優秀な研究者だ」
「初めまして。リーナ・エルヴィンシアと申します」
リーナは優雅に一礼した。理人も慌てて頭を下げる。
「蒼葉理人です。よろしくお願いします」
「リーナは、私の数少ない協力者の一人なんだ」エドワードが説明した「彼女は王宮の図書館で司書として働いているが、科学にも興味を持っている」
「エドワードさんから、世界の理について学んでいます」リーナは微笑んだ「魔法だけでは説明できない現象が、たくさんあることを知りました」
「リーナ、理人さんは私たちの仲間だ。信頼できる」
「分かりました」
リーナは真剣な表情になった
「実は、エドワードさんにお伝えしたいことがあって来ました。王宮で、不穏な動きがあります」
「不穏な動き?」
「科学的思考を持つ者を取り締まろうという動きです。聖教皇国からの圧力が強まっていて、王国内でも科学を危険視する声が大きくなっています」
エドワードと理人は顔を見合わせた。
科学への迫害。それが、既に始まろうとしていた。
「詳しく聞かせてくれ」
エドワードが真剣な声で言った。
理人は、この世界の厳しさを改めて実感した。科学と魔法の融合を目指す道は、想像以上に険しいものになりそうだった。
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