第15話:大討論、開幕
リベルタス大広場は、朝から異様な熱気に包まれていた。
数千人の観衆が詰めかけ、討論場を取り囲んでいる。ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人、そして様々な種族が集まっていた。これほど多様な観衆が一堂に会するのは、自由都市連合ならではだ。
討論場の中央には、二つの演台が向かい合って設置されている。一方には聖教皇国の旗が、もう一方には中立を示す白い旗が掲げられていた。
理人は深呼吸をした。手には、エルフから贈られた知恵の杖。背後には、エドワード、グランツ、リーナ、そしてエルフの若者たちが控えている。
対する聖教皇国側には、三人の高位聖職者が立っていた。
中央にいるのは、白髪の老人。枢機卿の赤い帽子を被り、威厳に満ちた佇まいだった。
「あれが、枢機卿マクシミリアン」リーナが小声で教えた「聖教皇国でも最高位の一人です。弁論術と魔法の両方に長けています」
マクシミリアンの右には、中年の男性聖職者。左には、若い女性聖職者。三人とも、確固たる信念を持った目をしていた。
司会者が再び宣言した。
「本日の討論は三部構成で行われる。第一部、両者の主張。第二部、質疑応答。第三部、実演と最終弁論。審判は、自由都市連合議長、各国代表、そして何より、ここに集まった民衆である!」
観衆が歓声を上げた。
「では、まず聖教皇国側からの主張を聞こう」
マクシミリアンが演台に立った。彼の声は、老齢にもかかわらず力強く、会場全体に響き渡った。
「皆さん、私はマクシミリアン。聖教皇国の枢機卿として、神の御言葉を伝える者です」
彼は両手を広げた。
「この世界は、神によって創造されました。空、大地、海、そして私たち生命。すべては神の御業です」
観衆の多くが頷いた。
「そして、神は私たちに魔法という祝福を与えてくださいました。魔法こそが、神と私たちを繋ぐ聖なる力なのです」
マクシミリアンは理人たちを指差した。
「しかし、あの者たちは何と言っているか。『科学で世界を説明できる』『魔法は自然現象だ』と」
彼の声が厳しくなった。
「これは神への冒涜です!神の創造した世界を、人間の浅知恵で理解しようとする傲慢な行為です!」
観衆の一部から、賛同の声が上がった。
「もし科学を認めれば、どうなるか。人々は神を信じなくなる。魔法を神聖なものではなく、単なる道具と考えるようになる。そして最後には、神の存在そのものを否定するでしょう!」
マクシミリアンは声を張り上げた。
「それは、世界の終わりを意味します!神の怒りに触れ、災厄が降りかかる!私たちは、そのような未来を決して許してはならないのです!」
観衆の一部が拍手した。だが、すべてではない。特に、商人や職人たちは懐疑的な表情をしていた。
「したがって、科学は異端です。排除すべき危険思想です。以上が、聖教皇国の主張です」
マクシミリアンは演台を降りた。
司会者が理人を呼んだ。
「では、次に科学側の主張を聞こう」
理人は演台に立った。数千の視線が自分に集中するのを感じた。緊張で手が震えそうになったが、知恵の杖を握りしめることで落ち着きを取り戻した。
「皆さん、私は蒼葉理人。遠い国から来た研究者です」
理人は、できるだけ穏やかな声で話し始めた。
「まず、申し上げたいことがあります。私は、神を否定していません」
観衆がざわついた。マクシミリアンも意外そうな表情を見せた。
「科学は、神の創造した世界を理解しようとする営みです。神がこれほど美しく、精巧に世界を作られたのなら、その仕組みを知りたいと思うのは自然なことではないでしょうか」
理人は続けた。
「例えば、素晴らしい絵画を見たとき、私たちはその技法を学びたいと思います。それは、画家への冒涜でしょうか?いいえ、むしろ敬意の表れです」
観衆の一部が頷き始めた。
「科学も同じです。神の創造した世界の仕組みを学ぶことは、神への敬意なのです」
理人は、論点を変えた。
「次に、魔法についてです。枢機卿は『魔法は神聖なもの』とおっしゃいました。私も、魔法は素晴らしい力だと認めます」
「しかし、魔法を使えない人々はどうでしょうか?」
理人は観衆を見渡した。
「魔法の才能がない人、マナが少ない人、子供や老人。彼らは、神に見捨てられたのでしょうか?」
観衆が静まり返った。
「いいえ、違います。神は、すべての人に生きる権利を与えています。そして、科学は魔法が使えない人々にも、幸せに生きる手段を提供します」
理人は具体例を挙げた。
「病気になったとき、治癒魔法が使えなければどうするか。科学的な治療法があれば、誰でも治療できます」
「重いものを運ぶとき、力の魔法が使えなければどうするか。てこの原理を使えば、子供でも重いものを動かせます」
「暗闇で明かりが欲しいとき、光の魔法が使えなければどうするか。火を安全に使う技術があれば、誰でも明かりを得られます」
観衆の表情が変わり始めた。
「科学は、魔法を否定するものではありません。魔法を補完するものです。そして、すべての人々が平等に幸せになるための道具なのです」
理人は声を強めた。
「枢機卿は『科学を認めれば災厄が降りかかる』とおっしゃいました。では、お聞きします。科学によって病気が治り、人々の生活が豊かになることが、なぜ災厄なのでしょうか?」
観衆から、賛同の声が上がり始めた。
「科学は危険ではありません。無知こそが危険なのです。知ろうとすること、理解しようとすることは、人間の本質です。それを否定することは、神が与えてくださった知性を否定することになります」
理人は深く頭を下げた。
「以上が、私の主張です」
観衆から、大きな拍手が起こった。マクシミリアンは不快そうな表情をしていた。
「第一部、終了。では、十分間の休憩の後、第二部、質疑応答に入る」
休憩中、理人の仲間たちが駆け寄ってきた。
「素晴らしかったです、理人さん!」エドワードが興奮して言った。
「神を否定しないという出だしが効きましたね」リーナが分析した「相手の論法を先に潰した」
「だが、油断するな」グランツが警告した「相手はまだ本気を出していない」
理人も分かっていた。これからが本番だ。
休憩が終わり、第二部が始まった。
「質疑応答の時間だ。まず、聖教皇国側から科学側への質問」
マクシミリアンではなく、若い女性聖職者が立った。
「蒼葉理人、あなたは『科学はすべての人のため』と言いました。しかし、科学を学ぶには知識が必要です。文字が読めない人、教育を受けていない人はどうするのですか?結局、一部の知識層だけの道具になるのでは?」
鋭い質問だった。理人は即座に答えた。
「良い質問です。確かに、科学を学ぶには教育が必要です。だからこそ、私たちは教育を広めます」
理人はリーナに合図した。リーナが教育カリキュラムの資料を見せた。
「これは、誰でも科学を学べる教育プログラムです。文字が読めない人には、図解で教えます。子供には、遊びながら学べる方法を用意しています」
「魔法の教育には、才能が必要です。でも、科学の教育には才能は要りません。時間をかければ、誰でも学べます」
観衆が感心したように頷いた。
「次の質問」司会者が促した。
今度は中年の男性聖職者が立った。
「では、別の質問だ。あなたは『科学で病気を治せる』と言った。だが、治癒魔法の方が早く、確実だ。なぜ、わざわざ遅い方法を使う必要があるのか?」
理人は予想していた質問だった。
「確かに、治癒魔法は速く、強力です。しかし、治癒魔法にも限界があります」
エドワードが前に出た。
「私は三十年以上、医学を研究してきました。治癒魔法では治せない病気があることを、私は知っています」
エドワードは医学書を開いた。
「例えば、慢性的な病気。治癒魔法は傷を癒やせますが、病気の根本原因は取り除けません。科学的な治療と組み合わせることで、初めて完治します」
マクシミリアンが立ち上がった。
「待て。それは証明できるのか?口先だけではないのか?」
理人は微笑んだ。
「証明できます。それが科学の強みです。では、第三部の実演で、実際にお見せしましょう」
「第二部を終了する」司会者が宣言した「これより、第三部、実演と最終弁論に入る!」
観衆が再び歓声を上げた。
理人たちは、準備してきた道具を運び込んだ。顕微鏡、水車のモデル、風車のモデル、医療キット、そして様々な実験器具。
「まず、顕微鏡をお見せします」
理人は顕微鏡を設置し、水のサンプルを準備した。
「この水の中には、目に見えない生物がいます。どうぞ、確認してください」
審判席の議長たちが順番に覗いた。そして、驚愕の表情を浮かべた。
「本当だ......動いている......」
「これが、病気の原因となる微生物です」
次に、グランツが水車のモデルを実演した。水を流すと、車輪が回り、石臼が動く。
「これは、自然の力を利用した道具です。魔法を使わず、誰でも使えます」
観衆が感心の声を上げた。
さらに、風車のモデルも実演した。風を送ると、羽根が回転し、同じように石臼が動く。
「水がない場所でも、風があれば使えます」
そして、最後。
理人は、最も重要な実演を行った。
「魔法の科学的解析をお見せします」
理人は火の魔法を使った。そして、その温度を測定し、マナの消費量を測定した。すべてを数値化し、記録した。
「魔法は、マナというエネルギーを、熱や光、運動などに変換する現象です」
そして、理人は最適化した詠唱を使った。
「『火よ、マナを熱エネルギーに変換せよ、出力1000度』」
手の平に、通常より明るく強力な炎が現れた。
「科学で魔法の原理を理解することで、より効率的な魔法が使えるようになります」
観衆は驚愕し、魔法使いたちは目を見開いた。
「科学は、魔法の敵ではありません。科学で魔法を強化できるのです!」
マクシミリアンは動揺していた。これは、彼らの予想を超えていた。
理人は最終弁論を始めた。
「皆さん、科学と魔法は対立するものではありません。共に、人類の幸福のために存在するものです」
「科学を恐れる必要はありません。科学は、より良い未来を作るための道具です」
「そして、すべての人々が、魔法を使える人もそうでない人も、平等に幸せになる権利があります」
理人は声を張り上げた。
「科学を認めてください!知識を恐れないでください!共に、より良い世界を作りましょう!」
観衆から、割れんばかりの拍手が起こった。
マクシミリアンは立ち上がったが、言葉が出なかった。
実演による証明。それは、どんな弁論よりも強力だった。
司会者が宣言した。
「これより、審判による評決を行う!」
運命の瞬間が、訪れようとしていた。




