第14話:準備と旅立ち
ガブリエルと聖騎士団が去った翌日、理人たちは公開討論の準備に取り掛かった。
研究室に集まった四人は、戦略を練っていた。
「相手は聖教皇国の高位聖職者たち」エドワードが資料を広げながら言った「おそらく、教義に精通した弁論家が来るでしょう」
「どんな論法を使ってくると思いますか?」理人が尋ねた。
「まず、『魔法は神聖なるもの』という大前提。次に、『科学はそれを冒涜する』という論理。そして、『異端は排除すべき』という結論」
「典型的な演繹法ですね」
「ええ。そして、民衆の多くは宗教的な価値観を持っています。感情に訴えかける論法も使ってくるでしょう」
リーナが付け加えた。
「『科学を認めれば、神の怒りに触れる』『災いが降りかかる』といった恐怖を煽る手法も予想されます」
「つまり、論理と感情の両面から攻めてくる」理人は考え込んだ「では、僕たちの戦略は?」
グランツが豪快に笑った。
「簡単だ。実際に見せればいい。理屈じゃなく、結果をな」
「その通りです」理人は頷いた「科学の最大の強みは、検証可能であることです。誰が見ても、同じ結果が得られる」
「では、何を実演しますか?」
理人は紙に書き出した。
「第一に、顕微鏡。目に見えない世界を可視化する」
「第二に、病気の治療。実際に病人を治す過程を見せる」
「第三に、水車などの実用的な道具。魔法を使わずに生活を改善する技術」
「第四に」理人は一呼吸置いた「魔法の科学的解析。魔法と科学は対立しないことを証明する」
三人は驚いた。
「魔法の科学的解析?それは危険ではないですか?」エドワードが懸念を示した。
「確かに危険です。でも、これが決定打になります」
理人は説明した。
「相手の主張は『魔法は神聖、科学は冒涜』です。でも、もし科学で魔法の原理を解明し、それによって魔法がより効率的になることを示せたら?」
「魔法と科学が協力関係にあることが証明される......」
「そうです。科学は魔法の敵ではなく、味方だと」
リーナが微笑んだ。
「素晴らしい戦略です。でも、一か月で魔法の原理を解明できますか?」
「完全な解明は無理です。でも、部分的な理解は可能です」
理人は過去一か月のデータを取り出した。
「既に、マナとエネルギーの変換効率を測定しています。詠唱の言語パターンも分析しています。あと一か月あれば、もっと深く理解できるはずです」
エドワードが立ち上がった。
「では、役割分担をしましょう。私は医学関連の準備を。病気の治療手順を完璧にまとめます」
「僕は魔法の解析を続けます」理人が言った。
「俺は実演用の道具を作る」グランツが加わった「移動可能な水車のモデル、顕微鏡の予備、その他必要な器具を」
「私は弁論の準備をします」リーナが言った「相手の論法を予測し、反論を用意します」
「よし、では始めましょう」
その後の一週間、理人は魔法の研究に没頭した。
様々な魔法を使い、その都度データを取る。温度、圧力、質量、エネルギー。すべてを記録し、パターンを探す。
「面白い......火魔法と水魔法では、マナの消費量が違う」
理人は発見した。火魔法は効率が良く、少ないマナで大きなエネルギーを生み出す。一方、水魔法は効率が悪く、質量を生成するために多くのマナが必要だ。
「これは、エネルギーと質量の違いか......」
さらに、詠唱の言語を分析した。
「詠唱文には、パターンがある。『火よ』『水よ』といった呼びかけ、『我が意思に応えよ』といった命令文、そして『小さき炎となりて』といった具体的な指示」
理人は、詠唱が一種のプログラミング言語であることに気づいた。マナに対する命令文なのだ。
「だとすれば、詠唱を最適化すれば、より効率的な魔法が使えるはずだ」
理人は実験を重ねた。詠唱文の順序を変え、言葉を省略し、意味を明確にする。
そして、ある日。
「『火よ、マナを熱エネルギーに変換せよ、出力800度』」
理人が新しい詠唱を唱えると、手の平に炎が現れた。だが、それは従来の火魔法より明るく、安定していた。
「成功だ!詠唱を最適化することで、同じマナ量でより強力な魔法が使える!」
この発見は、魔法使いたちにとって革命的だった。
二週間目。
エドワードは、携帯可能な医療キットを完成させた。
「解熱剤、消毒液、包帯、そして治療マニュアル。これがあれば、どこでも基本的な治療ができます」
「素晴らしい」理人は感心した「これを公開討論で使いましょう」
グランツは、小型の水車モデルを作っていた。
「実物大は運べないからな。でも、このモデルで原理は十分に示せる」
さらに、彼は新しい発明を披露した。
「見ろ、これが風車だ」
風の力で回る羽根車。それが回転することで、石臼が動く仕組みだ。
「水車と同じ原理だが、風を使う。水がない場所でも使える」
「これも実演に使えますね」
リーナは、予想される質問と反論のリストを作っていた。
「『科学は神を否定するのか?』という質問には、『いいえ、科学は神の創造した世界を理解しようとするものです』と答える」
「『魔法で十分なのに、なぜ科学が必要なのか?』には、『魔法が使えない人々のためです。すべての人が平等に利益を得られるべきです』と」
「『科学が広まれば、魔法使いの地位が下がるのでは?』には、『科学で魔法をより効率的にできます。魔法使いにとってもプラスです』と」
彼女の準備は徹底的だった。
三週間目。
エルヴンハイムの長老たちが、理人たちを呼び出した。
「理人殿、我らからも贈り物がある」
長老は美しい装飾が施された杖を差し出した。
「これは、エルフの秘宝の一つ。『知恵の杖』と呼ばれるものだ」
「これは......」
「この杖を持つ者は、記憶力と集中力が高まる。討論の際に、きっと役立つだろう」
理人は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
さらに、エルフの若者たちが集まってきた。
「理人先生、僕たちも一緒に行きたいです」
「え?」
「科学を学んだ僕たちが、実演の手伝いをします。たくさんの人に科学を見せたいんです」
理人は感動した。
「ありがとう。でも、危険かもしれない」
「構いません。科学の未来のために、僕たちも戦います」
長老たちは微笑んだ。
「若者たちが、こんなにも熱意を持ったのは初めてだ。理人殿、あなたは我らに希望を与えてくれた」
四週間目。
ついに、出発の日が近づいた。
理人たちは最終確認を行っていた。
「顕微鏡、医療キット、水車と風車のモデル、実験器具、資料......すべて揃っています」
「魔法の解析データも完璧です」
「弁論の準備も万全です」
「道具も完成だ」
四人は顔を見合わせ、頷いた。
出発の朝。
エルヴンハイムの住民たちが、見送りに集まっていた。
「理人先生、頑張ってください!」
「科学の正しさを、証明してください!」
「必ず帰ってきてください!」
理人は涙が出そうになった。わずか二か月前、この場所に来たとき、彼らは警戒していた。だが今は、心から応援してくれている。
「必ず、成功して帰ってきます」
馬車に乗り込む。エドワード、グランツ、リーナ、そしてエルフの若者五人も同行する。
「行きましょう」
馬車が動き出す。エルヴンハイムの景色が、ゆっくりと遠ざかっていく。
旅は五日間の予定だった。王都を経由し、さらに西へ。自由都市連合の首都リベルタス。
二日目、彼らは王都近くを通った。
そこで、予期せぬ出会いがあった。
「理人さん!」
声の主は、アリシア王女だった。彼女は少数の護衛と共に、理人たちを待っていた。
「王女殿下!なぜここに?」
「あなたたちを応援するためです」アリシアは微笑んだ「そして、これを渡すために」
彼女は一通の手紙を差し出した。
「これは、王国の公式な推薦状です。父、国王の署名入りです」
「これがあれば......」
「はい。あなたたちが王国から認められた存在であることを示せます。少しは有利になるでしょう」
「ありがとうございます」
「それから」アリシアは真剣な表情になった「私も討論の場に行きます。傍聴者としてですが」
「王女殿下が?」
「はい。この討論は、王国の未来にも関わります。私は、科学の価値を信じています」
理人は力強く頷いた。
「必ず、勝ちます」
「信じています」
三日目、彼らは自由都市連合の領域に入った。
ここは、ラグナロク王国とも聖教皇国とも独立した、商業都市の連合体だ。様々な種族、様々な文化が混在している。
「自由都市連合は、思想の自由を重んじます」リーナが説明した「だからこそ、この討論の場に選ばれたのです」
四日目、彼らは国境の町で休息を取った。
そこで、理人は不思議な夢を見た。
あの、最初に自分を異世界に転移させた男が現れた。
「よくやっている、蒼葉理人」
「あなたは......なぜ僕をここに?」
「それは、まだ話せない。だが、一つだけ言っておこう」
男は微笑んだ。
「お前の行動は、正しい。このまま進め。そして、必ず公開討論に勝て。それが、お前が元の世界に戻るための、最初の条件だ」
「最初の条件?まだ他にもあるのか?」
「そうだ。だが、一歩ずつだ。まず、明日の討論に勝て」
男の姿が消えた。
理人は目を覚ました。夢だったのか、それとも......
「元の世界に戻る条件......」
理人は決意を新たにした。この討論に勝つことが、帰還への第一歩なのだ。
五日目の朝。
ついに、彼らはリベルタスに到着した。
街は活気に満ちていた。様々な種族が行き交い、様々な言語が飛び交う。そして、街の中央には巨大な広場があった。
大討論場。
そこで、明日、歴史的な公開討論が行われる。
「ついに来ました」エドワードが緊張した声で言った。
「はい。明日、すべてが決まります」
理人は広場を見つめた。既に、観客席が設営されている。数千人が収容できる規模だ。
「多くの人が見ている。プレッシャーは大きいですが」理人は微笑んだ「それだけ、影響力も大きいということです」
「勝ちましょう」グランツが拳を握った。
「勝ちます」リーナが頷いた。
「必ず」エドワードが決意を込めた。
その夜、理人は一人で星空を見上げていた。
この世界に来て、二か月半。
多くのことがあった。仲間ができた。科学を広めた。そして、明日、最大の試練に臨む。
「父さん、母さん。見ていてください。僕は科学者として、正しいことをします」
翌朝。
リベルタス大広場。
数千人の観衆が集まっていた。
一方には、白い法衣をまとった聖教皇国の高位聖職者たち。
もう一方には、理人、エドワード、グランツ、リーナ。
審判席には、自由都市連合の議長、ラグナロク王国の代表、そして民衆の代表。
そして、観客席の特等席には、アリシア王女の姿があった。
司会者が宣言した。
「これより、『科学と宗教、どちらが正しいか』の大討論を開始する!」
歓声と共に、歴史に残る討論が始まった。
理人の運命をかけた、最大の戦いが。




