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異端の科学者〜魔法世界に物理法則を灯す者  作者: 花咲かおる
序章:異世界への扉

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第13話:科学の証明

 ガブリエルは部下を呼び寄せた。運ばれてきたのは、二十代前半と思われる若い騎士だった。顔は紅潮し、額には汗が浮かび、呼吸は浅く速い。

「これが我が部下、ルーカスだ。三日前から高熱が続いている。治癒魔法を使ったが、効果がない」

 理人は患者に近づき、慎重に診察を始めた。額に手を当て、脈を取り、喉を確認する。

「高熱、頻脈、喉の炎症......おそらく細菌性の感染症です」

「細菌?」ガブリエルが問い詰めた。

「目に見えない小さな生物です。それが体内に侵入し、病気を引き起こしています」

「馬鹿な。そんなものが存在するというのか」

「存在します。そして、それをお見せできます」

 理人はエドワードに合図した。エドワードが顕微鏡を運んできた。

「これは顕微鏡という道具です。小さなものを拡大して見ることができます」

 理人は患者の喉から綿棒でサンプルを採取し、ガラス板に塗った。それを顕微鏡にセットする。

「どうぞ、覗いてみてください」

 ガブリエルは疑わしげに顕微鏡を覗いた。

 次の瞬間、彼の目が見開かれた。

「これは......何だ......動いている......」

「細菌です。病気の原因となる微生物です」

 他の騎士たちも次々と覗いた。全員が驚愕の表情を浮かべた。

「信じられん......こんな世界が存在するのか」

「これが科学です」理人は説明した「目に見えないものを可視化し、理解する。そして、適切な対処をする」

「で、どうやって治すのだ?」ガブリエルが問うた。

「まず、体温を下げます。次に、細菌の増殖を抑えます。そして、患者の自然治癒力を高めます」

 理人は準備を始めた。

「エドワードさん、解熱効果のある柳の樹皮の煎じ薬を」

「はい」

「リーナさん、清潔な水と布を。冷却用です」

「すぐに」

「グランツさん、患者を安静にできる場所を確保してください」

「任せろ」

 三人は素早く動いた。理人は患者のルーカスに語りかけた。

「ルーカスさん、聞こえますか?」

「......はい」弱々しい声が返ってきた。

「今から治療を始めます。魔法は使いませんが、必ず良くなります。信じてください」

 ルーカスは小さく頷いた。

 まず、理人は解熱処置を始めた。冷たい水で濡らした布を額と脇の下に当てる。

「体温を下げることが最優先です。高熱が続くと、体力が消耗し、回復が遅れます」

 次に、柳の樹皮を煎じた液体を患者に飲ませた。

「これには解熱・鎮痛効果があります。私の世界では、この成分から薬が作られています」

「それは魔法薬か?」騎士の一人が尋ねた。

「いいえ、自然の植物の力です。魔法ではありません」

 理人は患者の周囲を清潔に保つよう指示した。手をよく洗い、清潔な布を使い、煮沸した水だけを使用する。

「細菌の侵入を防ぐことが重要です。清潔さが、治療の基本です」

 ガブリエルと騎士たちは、理人の一挙手一投足を注視していた。

 一時間後。

 ルーカスの体温が、わずかに下がり始めた。

「効果が出てきました」理人は測定した「三十九度から三十八度に下がっています」

「本当か?」ガブリエルが驚いた。

「はい。ただし、これは一時的なものかもしれません。継続的な治療が必要です」

 理人は栄養補給の重要性を説明した。

「病気と戦うには、エネルギーが必要です。消化しやすい食事を与えてください」

 エルフたちが、野菜のスープを用意した。理人はゆっくりと患者に食べさせた。

「無理に食べる必要はありません。少しずつで構いません」

 二時間後。

 ルーカスの呼吸が、明らかに楽になっていた。

「息が......楽に......なりました」ルーカスが言った。

「良かった。体が回復し始めています」

 騎士たちがざわめいた。

「本当に効いている......」 「魔法を使わずに......」 「科学というものは、こんなにも......」

 ガブリエルは複雑な表情をしていた。

「理人、お前は本当に医者ではないのか?」

「はい。私は物理学を専攻していました。ただ、基本的な医学知識は持っています」

「物理学?」

「自然界の法則を研究する学問です。そして、その法則は医学にも応用できます」

 理人は治療を続けながら、科学について説明した。

「科学は、観察、測定、記録、そして検証の繰り返しです。魔法のように即座に効果は出ませんが、確実に効果があります」

「しかし」ガブリエルは反論した「魔法の方が速く、強力だ」

「その通りです」理人は認めた「魔法は素晴らしい力です。しかし、魔法が使えない人はどうしますか?マナが少ない人、魔法の才能がない人」

「それは......」

「科学は、誰にでもできます。特別な才能は必要ありません。知識と技術さえあれば、誰でも病気を治療し、人を救えます」

 ガブリエルは沈黙した。

 三時間後。

 ルーカスは意識がはっきりとしてきて、少しだが会話ができるようになった。

「団長......すみません、ご心配を......」

「ルーカス!」ガブリエルが駆け寄った「無事か!」

「はい......まだ体はだるいですが、ずっと楽になりました」

 ガブリエルはルーカスの額に手を当てた。確かに、熱が下がっている。

「信じられん......本当に、魔法なしで......」

 理人が言った。

「完全な回復には、まだ数日かかります。継続的な治療と休養が必要です」

「分かった。では、その治療を続けてくれ」

「もちろんです」

 ガブリエルは立ち上がり、理人を見つめた。

「理人、お前は約束を果たした。では、我らも約束を守ろう。話を聞こう」

 理人は安堵のため息をついた。第一関門突破だ。

 その夜、エルヴンハイムの会議場で、長老たち、理人たち、そしてガブリエルを含む聖騎士団の幹部が集まった。

「では、説明してもらおう」ガブリエルが言った「科学とは何か。そして、なぜお前たちはそれを広めるのか」

 理人は立ち上がり、丁寧に説明を始めた。

「科学とは、世界を理解するための方法です。観察し、測定し、法則を見つけ、それを応用する」

 理人は顕微鏡を使って、微生物を見せた。水車を使って、自然エネルギーの利用を示した。医学書を見せて、知識の体系化を説明した。

「科学は魔法と対立するものではありません。むしろ、魔法を補完するものです」

「補完?」

「はい。魔法が使えない場面で、科学が役に立ちます。そして、科学で魔法の原理を理解すれば、魔法をより効果的に使えるようになります」

 エドワードが付け加えた。

「私たちは、魔法を否定していません。魔法は素晴らしい力です。ただ、世界には魔法だけでは説明できないこと、解決できないことがあります」

「例えば、病気」リーナが言った「治癒魔法は傷を癒やせますが、病気の根本原因は取り除けません。科学があれば、原因を理解し、予防できます」

 グランツも加わった。

「それに、科学の道具は誰でも使える。魔法使いじゃなくても、普通の人々が生活を改善できる」

 ガブリエルは長い沈黙の後、口を開いた。

「お前たちの言うことは、理にかなっている。確かに、ルーカスは治った。水車も、実用的だ。医学書も、価値がある」

「では......」

「だが」ガブリエルは厳しい表情になった「聖教皇国は認めない。彼らにとって、魔法は神聖なるものだ。科学でそれを説明しようとすることは、神への冒涜とされる」

「しかし、それは誤解です」

「誤解かどうかは関係ない。聖教皇国の教義がそうなっている以上、科学は異端とされる」

 理人は拳を握りしめた。

「では、どうすればいいのですか?真実を曲げろと?」

「いや」ガブリエルは首を振った「私個人としては、お前たちの科学を認める。だが、聖教皇国という組織は認めない。この矛盾を、どう解決するかだ」

 長老の一人が提案した。

「では、公開討論を行うのはどうでしょう」

「公開討論?」

「はい。聖教皇国の聖職者たちと、理人殿が、大勢の前で議論する。科学の正当性を、民衆に判断してもらうのです」

 ガブリエルは考え込んだ。

「それは......危険だ。討論に負ければ、お前たちは確実に処刑される」

「でも、勝てば?」理人が尋ねた。

「勝てば......民衆の支持を得られるかもしれない。そうなれば、聖教皇国も無視できなくなる」

「では、それをやりましょう」理人は決意した。

「理人さん!」エドワードが止めようとした「危険すぎます」

「でも、これしか方法がありません。真正面から、科学の正当性を証明するしかないんです」

 ガブリエルは理人を見つめた。

「お前、本気か?聖教皇国の高位聖職者たちは、弁論の達人だ。魔法も使える。勝算はあるのか?」

「勝算......」理人は微笑んだ「真実は、常に最強の武器です」

 ガブリエルは驚いたように理人を見た。そして、小さく笑った。

「面白い男だ、お前は。いいだろう、私が仲介しよう。聖教皇国に、公開討論を提案する」

「本当ですか!」

「ああ。だが、条件がある」

「何でしょう?」

「討論の場は、中立地帯である自由都市連合のどこかで行う。そして、審判は民衆とする。これでいいか?」

「はい、問題ありません」

「では、決まりだ。一か月後、自由都市連合の首都、リベルタスで公開討論を行う」

 理人たちは顔を見合わせた。

 一か月。準備する時間は十分だ。

 そして、これが最後のチャンスだ。

 科学の正当性を、世界中に証明する機会。

 失敗すれば、すべてが終わる。

 だが、成功すれば、世界が変わる。

 理人は決意を新たにした。

「一か月後、必ず勝ちます」

 ガブリエルは立ち上がった。

「ならば、我らは王都に戻る。ルーカスの治療が終わってからだがな」

「もちろんです。完全に回復するまで、責任を持って治療します」

 その夜、理人たちは遅くまで話し合った。

「公開討論か......」エドワードが不安そうに言った「相手は宗教のプロです。弁論にも長けているでしょう」

「でも、僕たちには真実があります」理人は答えた「科学の成果、実際のデータ、そして何より、人々を救ってきた実績があります」

「それを、どうやって伝えるかですね」リーナが言った。

「実演です」理人は答えた「言葉だけでなく、実際に見せる。顕微鏡、水車、治療の過程。すべてを民衆の前で実演します」

「なるほど」グランツが頷いた「百聞は一見に如かず、だな」

「そうです。科学は、証明できます。それが、宗教的な教義との最大の違いです」

 四人は、一か月後の決戦に向けて、準備を始めることを誓った。

 科学と宗教の、真正面からの対決。

 その結果が、この世界の未来を決める。

 理人は、窓の外の星空を見上げた。

「父さん、母さん。僕は今、大きな挑戦に臨もうとしています。でも、科学者として、正しいことをしているという自信があります」

 一か月後。

 リベルタスの大広場。

 そこで、歴史に残る討論が行われる。

 理人の、そしてこの世界の、運命をかけた戦いが。


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