第12話:一週間の猶予
アリシア王女が去ってから、理人たちは休む暇もなく動き始めた。一週間。聖騎士団が到着するまでに、可能な限り多くの成果を残さなければならない。
理人は三つのチームを編成した。
「エドワードさんは医学チーム。病気の記録と治療法をまとめてください」
「分かりました」
「グランツさんは工学チーム。農業用具と建築技術の改良を」
「任せろ」
「リーナさんは教育チーム。子供たちへの科学教育を体系化してください」
「はい」
「僕は全体を統括しながら、魔法の科学的解析を続けます」
四人は決意を込めて頷き合った。
初日。
エドワードは村の治療師たちと協力して、これまでに治療した病気のリストを作成し始めた。
「風邪、肺炎、胃腸炎、皮膚病......それぞれに、原因と症状、そして治療法を記録します」
エルフの治療師たちは最初戸惑っていたが、次第に協力的になった。
「確かに、記録を残せば、後世の者たちが学べますね」
「そうです。これが科学の強みです。知識を蓄積し、共有すること」
エドワードは羊皮紙に丁寧に記録していった。図解も加え、誰が見ても理解できるように。
一方、グランツは村の鍛冶場を借りて、新しい農業用具を製作していた。
「この鋤は、てこの原理を応用している。少ない力で深く耕せる」
ドワーフの技術とエルフの魔法付与を組み合わせた、ハイブリッドな道具だった。
「魔法だけに頼らず、構造で効率を上げる。これが科学だ」
エルフの職人たちは、グランツの技術に感心していた。
「ドワーフの技術は噂通りですね。我々も学びたい」
「喜んで教えてやる。技術は共有するものだ」
グランツの豪快な笑い声が、鍛冶場に響いた。
リーナは子供たちを集めて、授業を行っていた。
「今日は、植物が成長する仕組みを学びます」
彼女は種を土に植え、水をやり、日光に当てる様子を見せた。
「植物は、水と光と土の栄養で育ちます。これは魔法ではありません。自然の仕組みです」
「でも、成長促進の魔法もありますよね?」子供の一人が尋ねた。
「はい。魔法は成長を早めることができます。でも、基本的な仕組みを理解していれば、魔法をより効果的に使えます」
子供たちは目を輝かせながら、リーナの話を聞いていた。
理人は研究室で、魔法のエネルギー変換効率を測定していた。
「火魔法、水魔法、風魔法......それぞれで、マナからエネルギーへの変換効率が異なる」
データを取り、グラフを作成する。科学的な記録を残すことが重要だ。
「火魔法が最も効率が良い。約八十パーセント。水魔法は六十パーセント」
この数値が何を意味するのか。理人はまだ完全には理解できていないが、少なくともパターンは見えてきた。
二日目。
理人は農業チームと合流した。エルフの農夫たちと共に、畑を視察する。
「土の状態を見てください。この部分は栄養が不足しています」
「どうして分かるのですか?」
「植物の色と成長速度です。そして、土を触った感触」
理人は土壌改良の方法を説明した。
「堆肥を作り、土に混ぜます。そうすることで、土の栄養が増え、作物がよく育ちます」
「堆肥?」
「枯れ葉や食べ残しなどの有機物を発酵させたものです。微生物が分解して、栄養豊富な土になります」
農夫たちは半信半疑だったが、理人の指示に従って堆肥を作り始めた。
「本当に効果があるのですか?」
「はい。ただし、効果が出るまで時間がかかります。これも科学の特徴です。即効性はありませんが、持続的な効果があります」
三日目。
グランツが驚くべきものを完成させた。
「見ろ、これが水車だ」
川の流れを利用して回る大きな車輪。それが回転することで、穀物を挽く石臼が動く。
「水の力で、石臼が動く......魔法を使わずに?」
「そうだ。水の流れという自然のエネルギーを利用している」
エルフたちは驚嘆した。これまで、石臼を回すには魔法か人力が必要だった。だが、水車があれば、自動的に動き続ける。
「これは革命的です」長老の一人が言った「魔法使いでなくても、大量の穀物を挽ける」
「それが科学の力だ」グランツは胸を張った「自然を理解し、利用する」
四日目。
エドワードが医学書の第一版を完成させた。
「『エルヴンハイム医学概論』。病気の種類と治療法をまとめました」
それは百ページ近い、詳細な記録だった。図解も豊富で、誰でも理解できるように書かれている。
「素晴らしい」理人は感心した「これがあれば、他の村でも同じ治療ができます」
「知識の共有。それが科学の強みですね」
長老たちにも見せると、彼らは深く感銘を受けた。
「これほど体系的に病気をまとめた書物は、見たことがない」
「魔法の治療書はありますが、科学的な医学書は初めてです」
「これは、我らエルフの宝となるでしょう」
五日目。
理人は建築チームと共に、新しい倉庫の設計を行っていた。
「三角形の構造は、最も強度が高いです。だから、屋根を三角形にすることで、雪の重みにも耐えられます」
エルフの大工たちは、理人の説明に耳を傾けた。
「我らは感覚で建ててきましたが、理論があったのですね」
「はい。力の分散、重心の位置、材料の強度。これらを計算することで、より安全な建物が作れます」
理人は簡単な構造力学の原理を教えた。エルフたちは熱心にメモを取った。
「魔法で強化することもできますが、基本的な構造が良ければ、魔法の効果も高まります」
六日目。
リーナが教育カリキュラムを完成させた。
「基礎編、応用編、実践編。段階的に学べるようにしました」
それは、子供から大人まで、誰でも科学を学べる体系的なプログラムだった。
「素晴らしい」理人は賞賛した「これがあれば、他の場所でも科学教育ができます」
「はい。科学は特別な才能がなくても学べます。それが魔法との大きな違いですね」
その夜、四人は集まって、これまでの成果を確認した。
「医学書、農業技術、建築理論、教育カリキュラム......一週間でよくここまで」エドワードが感慨深げに言った。
「みんなの協力のおかげです」理人は答えた「そして、エルフたちも積極的に学んでくれました」
「だが、明日だ」グランツが真剣な表情で言った「聖騎士団が来る」
沈黙が訪れた。
彼らは、戦う準備をしていた。だが、武力ではなく、知識で。
「明日、聖騎士団が来たら、どうしますか?」リーナが尋ねた。
「対話を試みます」理人は答えた「科学の成果を見せ、理解を求めます」
「相手は聖教皇国の戦士たちです。理解してくれるでしょうか」
「分かりません。でも、試す価値はあります」
エドワードが付け加えた。
「それに、もし交渉が決裂しても、我々には記録が残っています。この一週間で作った医学書、技術書、教育書。これらは消えません」
「そうですね」理人は微笑んだ「知識は、永遠です」
七日目の朝。
エルヴンハイムは静かだった。だが、その静けさは嵐の前の静けさだった。
理人は早朝から起きて、最終的な準備をしていた。すべての記録を整理し、重要な資料は複製を作った。万が一のために。
長老たちは、女性と子供を森の奥深くに避難させる準備を整えた。戦士たちは武器を手に、警戒態勢を取った。
正午。
森の入り口で見張りをしていたエルフの戦士が、警告の角笛を吹いた。
来た。
理人は深呼吸をして、長老たちと共に森の入り口へ向かった。エドワード、グランツ、リーナも同行した。
森の外には、白銀の鎧を着た騎士たちが並んでいた。その数、約五十人。全員が剣と魔法の杖を持ち、統制の取れた動きをしている。
聖騎士団だ。
その先頭に立つ男は、特に豪華な鎧を着ていた。団長だろう。
「我らは聖教皇国聖騎士団。団長ガブリエル・アークライトが率いる」
ガブリエルは威厳のある声で宣言した。
「エルフの長老たちよ、そしてそこにいる異端者たちよ。神の名において、警告する」
理人は一歩前に出た。
「私は蒼葉理人。何の用件でしょうか?」
「用件?」ガブリエルは冷たく笑った「貴様らが異端思想を広めていることだ。科学とかいう、神を冒涜する邪悪な思想を」
「科学は邪悪ではありません。人々を救うためのものです」
「黙れ!」ガブリエルは剣を抜いた「我らは貴様らを逮捕し、聖都へ連行する。そこで浄化の儀式を受けよ」
エルフの戦士たちが弓を構えた。緊張が高まる。
理人は冷静に言った。
「ガブリエル団長。戦う前に、一つ提案があります」
「提案?」
「私たちの成果を見てください。科学が何をもたらすのか。それを見てから、判断してください」
「見る必要はない。異端は異端だ」
「では」理人は声を強めた「あなた方の誰かが病気になったとき、私たちが治療しましょう。魔法を使わずに」
「馬鹿な。魔法なしで病気が治るわけがない」
「では、賭けをしましょう」
ガブリエルは眉をひそめた。
「賭け?」
「はい。もし私たちが、魔法を使わずに病人を治せたら、私たちの話を聞いてください。もし治せなければ、大人しく連行されます」
ガブリエルは考えた。
「......面白い。では、我が部下の一人が、三日前から熱病に苦しんでいる。治してみせろ」
「承知しました」
理人は、運命の賭けに出た。
科学の力を証明する、最大のチャンスだった。
そして、最大の危機でもあった。




