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異端の科学者〜魔法世界に物理法則を灯す者  作者: 花咲かおる
序章:異世界への扉

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第11話:迫る聖教皇国の影

 エルヴンハイムでの生活が始まって一か月が経過した。

 理人は毎日、エルフたちに科学を教えていた。午前中は子供たちに基礎的な自然の法則を、午後は大人たちに実践的な技術を。夜はエドワードと共に、より高度な実験を行っていた。

 この日、理人は若いエルフたちの前で、てこの原理を説明していた。

「重いものを持ち上げるとき、支点からの距離を変えることで、小さな力で大きなものを動かせます」

 理人は木の棒と石を使って実演した。短い方の端に重い石を置き、長い方の端を押すと、石が簡単に持ち上がった。

「すごい!魔法を使わずに!」

「これは魔法ではありません。物理の法則です。誰でも、どこでも使えます」

 子供たちの目が輝いていた。知ることの喜び、理解することの楽しさ。それは種族を超えて共通のものだった。

 授業が終わると、一人の少年が理人に近づいてきた。

「理人先生、質問があります」

「何かな?」

「魔法と科学、どちらが強いのですか?」

 理人は微笑んだ。

「それは、どちらが強いかではなく、どちらも必要なんだ。魔法は素晴らしい力だけど、科学はその原理を理解する手助けをする。そして、科学だけでは説明できない魔法もある。だから、両方を学ぶことが大切なんだよ」

「なるほど......」

 少年は納得したように頷いた。

 その午後、理人は研究室にいた。エルヴンハイムの長老たちが用意してくれた、大きな樹の中にある専用の部屋だ。

 そこで、理人は新しい実験に取り組んでいた。魔法の科学的解析だ。

「エドワードさん、マナの流れを測定できませんか?」

「難しいですね。マナは目に見えないエネルギーですから」

「でも、効果は観測できます。魔法で生成された火の温度、水の質量、風の速度。それらを測定すれば、マナとエネルギーの変換効率が分かるかもしれません」

 理人は温度計、天秤、そして風速を測る自作の装置を準備した。

「では、火の魔法を使ってみてください」

 エドワードが詠唱した。

『火よ、我が意思に応えよ。小さき炎となりて、闇を照らせ』

 手の平に炎が現れた。理人は素早く温度を測定する。

「約800度......木炭の燃焼温度と同じくらいですね」

「ということは、魔法の火も、通常の火と同じ化学反応をしているのでしょうか?」

「いや、違います」理人は首を振った「通常の火は、燃料が必要です。でも、魔法の火は空気中から突然現れる。エネルギーの出所が違うんです」

「マナが、エネルギーに変換されている」

「はい。E=mc²......エネルギーと質量の等価性。もしかしたら、マナは質量を持ちながら、同時にエネルギーでもある特殊な存在なのかもしれません」

 二人は興奮しながら、データを記録し続けた。

 その時、研究室の扉が激しくノックされた。

「理人殿!大変です!」

 リーナが息を切らして飛び込んできた。

「どうしたんですか?」

「王都から使者が来ました。緊急の知らせです」

「王都から?」

 理人たちは急いで長老たちの会議場へ向かった。そこには、見覚えのある人物が立っていた。

 アリシア王女だった。

 美しい金髪、凛とした表情、そして知性を感じさせる青い瞳。彼女は正式な王族の服装ではなく、旅人の質素な服を着ていた。

「初めまして。私はアリシア・ヴァン・ラグナロク。ラグナロク王国の第一王女です」

 理人たちは驚いて頭を下げた。

「王女殿下、なぜここに?」

「あなたたちに警告するために来ました」アリシアの表情は深刻だった「聖教皇国が、エルヴンハイムを標的にしています」

「標的?」

「はい。あなたたちがここで科学を広めているという噂が、聖教皇国に届きました。彼らは、エルフが異端思想に染まることを恐れています」

 長老たちの表情が強張った。

「聖教皇国が、我らに手を出すというのか?」

「その可能性があります」アリシアは答えた「聖教皇国は、ラグナロク王国に圧力をかけています。『エルヴンハイムの異端者を取り締まれ』と」

「我が国は独立している。王国の命令に従う義務はない」

「その通りです。ですが、聖教皇国は直接的に動く可能性があります。彼らには『聖騎士団』という強力な軍事組織があります」

 理人は拳を握りしめた。

「なぜ、王女殿下はわざわざここまで来てくださったのですか?」

 アリシアは理人を真っ直ぐに見た。

「私は、あなたたちの活動を支持しているからです」

「支持?」

「はい。科学が異端だとは思いません。むしろ、王国の発展に必要なものだと考えています」

「しかし、王国では科学が禁止されています」

「私の父、国王は中立的です。ですが、伝統派の貴族たちが強硬で、科学を禁止する政策を推し進めました。私は反対しましたが、力が足りませんでした」

 アリシアは悔しそうに唇を噛んだ。

「だから、私は密かにあなたたちを支援したい。科学の価値を証明する機会を与えたい」

「どうやって?」

「まず、時間を稼ぎます。私は父に、エルヴンハイムへの干渉を遅らせるよう進言します。その間に、あなたたちは科学の成果をもっと積み上げてください」

「成果を積み上げて、それから?」

「王国全体に科学の有用性を示すのです。病気を治し、人々の生活を豊かにする。それが証明できれば、伝統派も反対できなくなります」

 理人は考えた。確かに、理論だけでは人は動かない。実際の成果、目に見える利益が必要だ。

「王女殿下、私たちは何をすればいいのですか?」

「より多くの成果を出してください。そして、その記録を残してください。いずれ、王国での公開実演の機会を作ります」

「公開実演......」

「はい。多くの貴族や民衆の前で、科学の力を見せるのです。それが成功すれば、政策を変えられるかもしれません」

 長老が口を開いた。

「王女殿下、我らエルフは王国の政治には関わりたくありません」

「理解しています」アリシアは頷いた「ですが、聖教皇国が動けば、エルヴンハイムも無関係ではいられません。彼らは容赦しません」

「......それは、確かに」

「ならば、今のうちに準備を整えるべきです。科学を守るために」

 理人は決意した。

「王女殿下、私たちは協力します。科学の成果を積み上げ、いつでも実演できるように準備します」

「ありがとうございます」アリシアは微笑んだ「では、私は王都に戻ります。あまり長く離れていると、怪しまれます」

「お一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫です。私にも、信頼できる護衛がいます」

 アリシアが去った後、長老たちは深刻な表情で話し合った。

「聖教皇国の脅威は現実的だ。我らも、準備をしなければならない」

「戦う準備ですか?」理人が尋ねた。

「いや、避難の準備だ。もし聖騎士団が来たら、戦っても勝ち目はない。女子供を安全な場所に避難させる」

「そんな......」

「我らエルフは、長い歴史の中で何度も迫害を受けてきた。だから、この森の奥深くに住んでいる。もし必要なら、さらに奥へ逃げる」

 理人は無力感を覚えた。科学を広めることが、かえってエルフたちを危険に晒している。

「申し訳ありません。私たちのせいで......」

「いや」長老は首を振った「お前たちのせいではない。愚かな者たちが、知識を恐れているだけだ」

 その夜、理人は一人で森の中を歩いていた。

 月明かりが木々の間から差し込み、幻想的な光景を作り出している。

「僕のせいで、みんなが危険に......」

 理人は自問した。このまま科学を広め続けるべきなのか。それとも、諦めて元の世界に戻る方法だけを探すべきなのか。

「理人さん」

 背後から声がかかった。振り返ると、リーナが立っていた。

「リーナさん」

「一人で考え込んでいたのですね」

「はい......僕の行動が、正しかったのか分からなくなって」

 リーナは理人の隣に座った。

「理人さん、私の母のことを覚えていますか?」

「はい。病気で亡くなられたと」

「母が死ぬ前、私に言いました。『知らないことは恐ろしい。でも、知ろうとしないことはもっと恐ろしい』と」

 リーナは月を見上げた。

「科学は、知ろうとする姿勢そのものです。なぜ病気になるのか、なぜ物は落ちるのか、なぜ世界はこうなっているのか。それを知ろうとすることは、決して悪いことではありません」

「でも、それが争いを生むなら......」

「争いを生むのは、科学ではありません。科学を恐れる人々の無知です」

 リーナは理人を見た。

「理人さん、あなたは正しいことをしています。だから、諦めないでください」

 理人は深く息を吐いた。

「ありがとうございます、リーナさん。僕は......やり遂げます」

「はい。そして、私たちも一緒に戦います」

 翌日、理人は決意を新たにした。

 エドワード、グランツ、リーナを集め、今後の方針を話し合った。

「これから、より具体的な成果を出していきます」理人は宣言した「医療、農業、建築。あらゆる分野で、科学が役立つことを証明します」

「医療は既に成果が出ていますね」エドワードが言った。

「はい。でも、もっと体系化します。病気の種類、症状、治療法をまとめた医学書を作ります」

「農業はどうする?」グランツが尋ねた。

「土壌改良、灌漑システム、作物の品種改良。科学的な農業で、収穫量を増やせます」

「建築は?」

「力学の原理を応用した、より頑丈で効率的な構造。地震や嵐にも耐えられる建物」

 三人は頷いた。

「大変な作業になりますね」

「はい。でも、やる価値があります。そして、これらの成果は必ず、人々の役に立ちます」

 理人は窓の外を見た。エルヴンハイムの美しい景色。平和で、穏やかな日常。

 これを守るために。

 そして、科学の正当性を証明するために。

 理人は、全力を尽くすと心に誓った。

 聖教皇国の脅威は迫っている。だが、恐れているだけでは何も変わらない。

 行動するのだ。証明するのだ。

 科学は人類の宝であり、決して異端などではないと。

 理人の戦いは、新たな段階へと進んでいた。

 そして、遠く離れた聖教皇国では、ある会議が開かれていた。

「エルフの森に、異端者が潜んでいる」

「放置すれば、異端思想が広がる」

「聖騎士団を派遣せよ」

「神の名において、異端を浄化せよ」

 白い法衣をまとった高位聖職者たちが、決定を下した。

 一週間後、聖騎士団がエルヴンハイムへ向けて出発する。

 理人たちに残された時間は、わずかだった。


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