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異端の科学者〜魔法世界に物理法則を灯す者  作者: 花咲かおる
序章:異世界への扉

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第1話:研究室の夜に消えた境界

文章量を増やす予定なので、投稿頻度は1日1話(9時)を予定しています。

完成次第によって投稿時期が変わることもありますのでご了承ください。


では新作科学物語をよろしくお願いします。

 時刻は午前二時を回っていた。東京理科大学物理学研究科の実験棟五階、窓の外は深い闇に包まれている。蒼葉理人(あおばりひと)は白衣の袖をまくり上げ、モニターに映し出される粒子の軌跡データを睨んでいた。


「やはり、この領域での振る舞いが理論値と合わない......」


 二十三歳。修士課程二年目の理人は、理論物理学と実験物理学の両方を専攻する稀有な学生だった。通常、物理学者は理論か実験のどちらかに特化するものだが、彼は両親の影響もあって、両方の道を突き進んでいた。

 父・蒼葉隆一郎(あおばこういちろう)は理論物理学の世界的権威であり、量子力学と相対性理論の統一理論研究で三度もノーベル賞候補に挙がっている。母・蒼葉美咲(あおばみさき)は実験物理学の第一人者で、素粒子加速器を用いた実験で数々の新発見をしてきた。二人とも博士号を持ち、さらにその上の業績を積み重ねてきた超一流の科学者だ。


「父さんなら、この矛盾をどう解釈するだろうか」


 理人は椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰いだ。幼い頃から両親の研究室に出入りし、難解な数式や実験装置に囲まれて育った。普通の子供が絵本を読む年齢で、彼は量子力学の入門書を読んでいた。それは決して強制されたわけではない。純粋に、世界の仕組みを知りたいという好奇心が彼を駆り立てていたのだ。

 コーヒーカップに手を伸ばす。既に冷め切っていたが、構わず一口飲む。苦味が口の中に広がった。


「もう一度、初期条件を見直すか」


 データを最初から検証し直そうとキーボードに指を置いたとき、研究室のドアが静かに開く音がした。

 理人は振り返った。こんな時間に誰かが来るはずがない。警備員の巡回ならノックをするはずだ。

 ドアの向こうに立っていたのは、見覚えのない男だった。

 年齢は四十代後半から五十代前半といったところだろうか。黒いスーツを着ているが、どこか時代錯誤な印象を受ける。デザインが古いわけではない。むしろ仕立ては良さそうだ。だが、その佇まいが現代の日本にそぐわない何かを感じさせた。


「蒼葉理人君、だね」


 男の声は静かで、しかし妙に響く。理人は警戒しながら立ち上がった。


「どちら様ですか?この時間に、しかもセキュリティカードなしでどうやって」

「ああ、申し訳ない。君に話があってね」


 男は穏やかに微笑んだが、その笑みには深い意味が隠されているようだった。理人は携帯電話に手を伸ばそうとしたが、男がそれより早く口を開いた。


「君の研究、興味深く拝見させてもらった。量子もつれの持続時間に関する実験、そして同時に進めている時空の歪みに関する理論構築。両方を同時に進められる研究者は、世界でも数えるほどしかいない」


 理人は動きを止めた。この男は自分の研究内容を知っている。それも、かなり詳細に。


「あなたは一体......」

「私の名前は重要ではない。重要なのは、君がこれから行く場所だ」

「行く場所?何を言って」


 その瞬間、理人の足元から奇妙な光が立ち上った。青白い光の線が床に幾何学模様を描き始める。魔法陣のような、しかし数式のような、不可思議な図形だった。


「な、何だこれは!」

「君には、行ってもらわなければならない場所がある。そこで君の知識が、君の科学が必要とされている」

「待て、説明しろ!これは一体」


 光は瞬く間に強さを増し、理人の体を包み込んだ。研究室の景色が歪み始める。モニター、実験装置、自分が何年も過ごしてきた空間が、まるで水面に映った像のように揺らいでいく。


「心配することはない。君は必ず、元の世界に戻ることができる。だが、そのためには」


 男の言葉の続きは、光の奔流に飲み込まれて聞こえなくなった。

 理人の意識は、物理法則を超越したかのような感覚に包まれた。重力が消失し、時間の流れが不明瞭になる。これは夢なのか、それとも何か未知の現象に巻き込まれているのか。物理学者としての理性が、この状況を分析しようと試みる。しかし、あまりにも前例のない、データのない事象だった。

 どれくらい時間が経ったのか分からない。一瞬だったかもしれないし、永遠だったかもしれない。

 やがて光が収まり、理人の足が何か固い地面を踏みしめた。

 目を開ける。

 そこは、東京理科大学の研究室ではなかった。

 石造りの路地。頭上には木造の建物が連なり、複雑に入り組んだ路地が続いている。空気は湿っていて、どこか土と木の匂いがした。遠くから人々の話し声が聞こえてくるが、それは日本語ではない。いや、どの言語でもない。だが、不思議なことに意味は理解できた。


「ここは......どこだ?」


 理人は自分の体を確認した。白衣を着たままだ。ポケットには携帯電話とメモ帳、ボールペンが入っている。しかし携帯電話の画面は真っ暗で、電源を入れようとしても反応しない。


「夢じゃない......これは現実だ」


 物理学者としての訓練が、彼に冷静さを取り戻させた。まず状況を把握しなければならない。ここがどこなのか、どうやってここに来たのか、そしてどうやって戻るのか。

 理人は路地を歩き始めた。角を曲がると、突然視界が開けた。

 目の前に広がっていたのは、中世ヨーロッパのような街並みだった。だが、決定的に違う点があった。

 空を飛ぶ人々がいた。

 地上では、人間とは明らかに異なる姿をした者たちが行き交っている。尖った耳を持つ者、背の低い屈強な体格の者、獣のような特徴を持つ者。市場では色とりどりの商品が並び、活気に満ちた声が響いている。

 そして何より驚くべきことに、ある男が手をかざすと、突然炎が現れた。魔法だ。まぎれもない、魔法が使われている。


「これは......一体」


 理人の科学者としての世界観が、音を立てて崩れ去ろうとしていた。だが同時に、研究者としての好奇心が激しく燃え上がる。

 これは幻覚なのか。それとも、本当に物理法則の異なる世界に来てしまったのか。

 もし地球の過去だとしたら、自分の存在が歴史を変えてしまう可能性がある。だが、魔法が存在するこの世界が、地球の過去であるはずがない。


「落ち着け、理人。まずは情報を集めるんだ」


 彼は深呼吸をして、この異世界への第一歩を踏み出した。科学者・蒼葉理人の、想像を絶する冒険が、今始まろうとしていた。

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