第一話:現実
とある町の外れに、時の流れから取り残された工房があった。
錆びついた鉄の匂いと、古い歯車の軋む音に囲まれながら、少年ソランは今日も働いていた。
十五歳。
その年齢に似合わぬほど、彼の背中には重い責任がのしかかっていた。病に伏す母を養うため、彼は学び舎ではなく朽ちかけた町工房を居場所に選んだのだ。指先はいつも油で黒く、掌には消えない傷が刻まれている。それでも文句を言ったことは一度もなかった。
仕事帰り、ソランは市場に立ち寄り、安いパンと薬草を袋に詰めた。夕暮れの空は赤く染まり、人々の喧騒が次第に遠ざかっていく。
その帰り道だった。
路地の影から、聞き覚えのある笑い声が響いた。
振り向いた瞬間、胸の奥が冷たくなる。
――昔、自分を散々いじめていた連中。
「まだそんなところで働いてるのか?」
「出来損ないのお前にはそんな仕事がお似合いさ」
嘲るような言葉が、容赦なく投げつけられる。
ソランは何も言い返せなかった。ただ唇を噛みしめ、視線を落とすことしかできなかった。
笑い声が背後に遠ざかるころ、頬を伝うものに気づく。
涙だった。
ソランは黙ったまま家に帰った。
扉を開けた瞬間、家の中を満たす不気味な静けさに、心臓が跳ね上がる。
「……母さん?」
最悪の想像が頭をよぎったが、寝室を覗くと、母は穏やかな寝息を立てていた。
その姿を見た瞬間、ソランはその場に崩れ落ちそうになるほど安堵した。
夜
ランプの淡い光の下、母は細い声で言った。
「家の貯蓄が……底を尽きそうなのよ。あなたにつらい思いをさせたくないわ……」
その瞳は、今にも生気が消えてしまいそうで、ソランは胸の奥を強く掴まれた気がした。
それでも彼は、いつものように笑顔を作り、力強く言い切った。
「大丈夫! 俺がいるんだから」
その言葉が、母を安心させる魔法であるかのように。
やがて眠りについたソランはその夜、奇妙な夢を見る。
暗闇の中で、誰かが彼の名を呼んでいた。
その夢が、彼の運命を大きく変える入り口になる。




