気が付いたら・・・
暗い。
真っ暗だ。
ここは一体どこで、僕は今、どうなっているんだ?
何な何だかわからない。
周りに何かがいる感じはする。
何も見えないし聞こえないんだけれど、まるでスシ詰め状態みたいにギュウギュウに密集、密着しているのが分かる。
もぞもぞ動いていて、なんだか気持ち悪い。
声も出ないし、手も足も動かない。
・・・動かないっていうか、無い?
感覚が全くない。
急に怖くなってきた。
僕、本当にどうなっちゃっているんだろう。
耳が聞こえないけれど、どういうわけかザワザワとした雑音を全身で感じる。
何とか、自分自身に何が起こったのかを思い出そうとしてみる。
確か僕、自分の部屋でゲームをしていたはずだ。
ネットで見つけた”蟻”になるゲーム。
VR (Virtual Reality - 仮想現実)にも対応していて、バイト代をつぎ込んでやっと手に入れたヘッドマウントディスプレイでプレイしている最中だった。
画像がすごくリアルで感動したのを覚えている。
蟻になっていろいろなミッションをこなしていくとレベルアップしたり、違う種類に進化したりと・・・そこはまぁ、ゲームなんだけど。
幼虫時代はほとんどやることが無くて、そのせいでゲーム自体の評価はいまいちだった。
なんでそんな、イマイチな評価のゲームをやっていたかというと、蟻が、自分で飼うくらい好きだったからだ。
初夏、学校帰りにたまたま見かけた巨大な蟻。
思わず持ち帰ってしまった。
それが、クロオオアリという蟻の女王だとネットで知って、いろいろ調べて飼育を始めた。
初めての産卵、大きくなってゆく幼虫、初子の羽化を見守る頃には、すっかり虜になっていた。
ネットでは、海外の蟻が信じられないような値段で売られている。
興味がわかないわけではないけれど、高額だし面倒見きれるかも不安だったので手は出さなかった。
なんと言っても、自分で捕まえて育ててきたウチの子が一番かわいいし。
3年目ですっかり安定したクロオオアリのコロニー。
掃除と給仕、お世話を一通り終えてゲームを起動させ、新しいミッション、侵略してきた略奪蟻撃退に熱中していたところまでは覚えている。
そうだ!
急に目の前が明るくなったんだ。
ヘッドマウントディスプレイが故障したのかと思って焦ったんだよ。
高かったもん。
でも、気が付いたら真っ白な場所にいて・・・あぁ、だんだん思い出してきたぞ。
僕は、異世界に転生させられたんだ。
「「皆様に新しい生活をご堪能いただくために、直前に皆様がやっておられたゲームを皆様の力として組み込ませていただきました。
皆様風に言うと、チートというやつでしょうか、大サービスでございます。」」
真っ白な部屋で、頭の中に直接響くような気持ちの悪い声が言っていた。
その部屋には、たぶんたくさんの人みたいな影がいた。
気持ちの悪い声に反応するように何か叫んでいたみたいだけれど、どういうわけかその声は良く聞こえなかった。
あぁ、そうか・・・ヘッドマウントディスプレイつけっぱなしじゃないか。
リアルな音を聞きたくて、耳をすっぽりと囲うようなヘッドホンと併用していたから、外の音が聞こえにくいんだ。
外そうとしたけれど、なぜかうまくいかなかった。
手が、頭をすり抜ける感覚。
キモチワルイ!
全身に鳥肌が立ったように悪寒が走った。
この時初めて気が付いたけれど、自分自身が白い。
ヘッドマウントディスプレイをつけたままだから、それに搭載されたカメラ越しの映像だから、ではない。
ゲーム中でも周囲を確認できるように、予め指定したゲーム領域を出ると、正面に取り付けられたカメラの映像を見ることができる。
それでも、ちゃんとカラーで映し出されるタイプだから、真っ白に見えるなんてことはないんだ。
本当に、とんでもないことに巻き込まれてしまっているのかもしれない。
「「あと、この世界の常識くらいは植え付けて差し上げましょう。
良かったですね、何もわからず野垂れ死にするリスクが減ることでしょう。」」
頭に響く声がそんなことを言って、すぐ後に、
「野垂れ死にするリスクが減るって、まるで、ほとんどがすぐ死ぬみたいな言い方じゃないか。」
という他の誰かの声。
あれ?
なんでこの声だけ、こんなにハッキリと聞こえたんだろう?
そう思ったものの、その意味を考える余裕もなかった。
周囲にいる人たちが、一斉に何かを叫び出したからだ。
そう、そして、気が付いたらこんな状況になっていたんだった。
最後にあの気持ち悪い声が、
「「では皆様。良い人生を。」」
とか言っていた。
僕だって、異世界転生くらいは知っている。
SNSのゲーム用アカウントには、そう言った漫画やラノベの広告がよく入って来るし、実際いくつかは読んだこともある。
でも、みんなすごいチート能力をもらったり、超美形のモテモテキャラになったり、すごく楽しそうだったのに。
・・・ひどいよ・・・。
僕、ひょっとすると、異世界でアリンコになっちゃった?
**
お腹がすいた。
真っ暗で、音もちゃんと聞こえない、体も動かない。
たぶん僕、今幼虫なんだと思う。
だって、動けないし、手足の感覚も無いんだもの。
蟻の幼虫って、いわゆるウジ虫型で、手も足も無いうえに、自分ではほとんど動けないんだよな・・・はぁ・・・。
餌も成虫の働き蟻から口移しでもらうか、口元に運び込まれたものを齧って食べるかだけど・・・どっちも嫌だなぁ。
働きアリはみんなメスだけどさ、蟻は蟻だもん・・・ちょっと想像しちゃった。
直接食べるタイプでも、餌って虫・・・だしなぁ。
クロナガアリタイプなら主食がイネ科の種だから何とか・・・そうであってほしいけど・・・そもそも、異世界の蟻だから僕の蟻知識は役に立たないかもしれない。
うぅ・・・怖いよ・・・。
そんなことを考えていたら、密着していた何か(多分幼虫)が消えた。
次々と僕の周囲から消えていく推定幼虫たち。
目が見えないから消えてるようにしか感じないけれど、たぶん働き蟻によるシャッフルタイムなんだろう。
蟻の幼虫って、自分で動けない割にとんでもなくたくさんいるから、塊のようにまとめて積み上げられてるんだよね。
だから、たまにお世話係の働き蟻によって位置をシャッフルされる。
そうしないと、下に押し込まれて地面に接したままの幼虫や卵は、雑菌とかカビ菌とかで死んでしまうし、餌ももらえない。
死んじゃうと腐敗して他の幼虫たちにも悪影響が出るしね。
お、僕も動かされるのかな?
今までとは違う、硬くて鋭利なものに挟まれるようにして持ち上げられると、少し揺られてからどこかに置かれた。
今度は一番上になったみたいだ。
他の推定幼虫との接触感が片側にしか感じられないし、さっきまでと違って圧迫感もない。
自分で動ければいいんだけどなぁ。
このまま数十日も動けないまま・・・僕、耐えられないかも。
・
・
・
・・・ひまだな。
それにお腹がすいた。
首・・・は、無いから、口先を何とか動かしてみる。
背に腹は代えられない。
この際口移しでも虫でもいいからご飯ください~。
ん?
僕の想いが通じたのか、口に何かが触れて・・・おぉお~・・・。
アリンコの口は思っていたより柔らかかった。
味は分からなかったけど、体中に染み渡る、とでもいうのか、なんだかすごい満足感。
緊張の初食事は、突然始まって突然終わった。
あぁ、目が見えなくてよかった。
いくら好きでも、前世含めて初キスがアリンコって・・・なんだかすごく終わった気がする。
そして、もう二度と敵うことのないあれやこれやに思い至って絶望したのだった。
せめて、人のままで結婚とかしてみたかったな。
**
ヒマだ。
ずいぶん時間が経った気がするけど、時間の間隔が無いからさっぱりだ。
自分で動けないから何もすることが無い。
そもそも、アリンコっていっても異世界だしなぁ。
僕の知っているアリンコとは違うかもしれないし。
だいたいさぁ、ゲームの能力って言っても、自分がアリンコになっちゃったらチートもクソも無いと思うんだよね。
ステータスオープンとか念じたら出てくるわけでもないだろ・・・あ、出ちゃった。
目が無いのに、僕の目の前にはステータスウインドウが表示されていた。
ちょっと待て、ゲームにはこんなステータスウインドウなんて無かったぞ。
ん?
メッセージって書かれたタグが点滅している。
押せばいいのかな?
手も指もないし!
くそ、なんとか口で・・・ぬぬぬぬ・・・届かない。
ええい、開けメッセージ!
あ、開いた・・・そうか、念じればいいんだね。
なになに?
<変なゲームをプレイされていた変わったあなたへ
非常に面倒なことをしてくれましたね。
おかげで貴重なまどろみの時間を5秒も無駄にしてしまいました。
とりあえず面白そうなのでそのまま放置プレイとしゃれ込んでも良かったのですが、さすがにかわいそうだと思ったので救済措置を設けることにしました。
ゲームには無い仕様ですが、最近勉強した異世界転生物によくある便利スキルをいくつか差し上げましょう。
ここまでやってあげたんですから、ちゃんと面白おかしく生きて楽しませてくださいね。>
何コイツ、スゲェムカつく。
クソ、ここまで言われたんだから、さぞ良いスキルをくれたんだろうな?
って、どうすればいいんだ?
ええと、このメッセージは右上の”×マーク”に念を込めれば・・・良し、消えた。
で、ええと、スキル一覧、これか。
念じて表示されたスキル一覧には、魔素感知 危機感知 オートマッピング の3つが表示されていた。
オイ!
便利スキルって言ったら 鑑定 と インベントリ だろうが!
オートマッピングなんて、自分で動けないのに意味ないじゃん。
はぁ・・・期待した僕が馬鹿だったよ。
使えそうなのは・・・この魔素感知?ってやつか。
ってか、魔素感知ってなんだ?
よくある魔力感知みたいなもの?
これも念じれば有効化できるのかな。
ポチッと。
お・・・うおぉおおお!!
すげぇ、相変わらず目は見えない、ていうか無いんだけど、周辺の状況がすごく鮮明にわかる。
目だったら見えないような、真後ろだったり他の幼虫の影になってる部分とかもはっきり認識できるぅ・・・ってか、これ情報量多すぎ・・・うっぷ。
魔素感知酔いでしばらく苦しんだ。
ほんとにもう、正面がどっちで上下がどっちでって感じで、グルんグルんと目が回り続けたみたいな・・・気持ち悪くても吐いたりできないし、ホントにつらかったよ。
ようやく慣れてきたところで思いついたんだよね、魔素感知切ればいいじゃんってさ。
慣れちゃってから思いついてもしょうがないんだけど。
なんか悔しいから切らずに完全に慣れてやる。
なるほど、やっぱり僕は蟻の幼虫になってしまったようだ。
魔素感知で自分の姿を”視て”、あらためて実感してしまった。
通路が太くなったような場所に山積みになった幼虫たち(自分含む)、それを世話する2匹の働きアリを認識できた。
明確に部屋って感じの作りではなく、通路の一部が太く削られた用な形状は、僕の知る蟻の巣内の構造に近いように感じた。
異世界なんだから、ゲームのダンジョンっぽい作りだったりするのかな、なんて期待は見事に裏切られてしまった。
続いて危機感知も有効化させてみたけれど、何も変化はなかった。
あったらそれはそれで困るけど。
オートマッピングも有効化。
思った通り、今自分が認識できる範囲しかマッピングできないようだ。
動けないから何も進展しないんですけど!
**
あれからまたずいぶん時間が経った。
何もできることが無いので、ひたすら自分の周辺を魔素感知で観察しまくった。
どうやら、自分の体にまばらに生えた短い体毛が、空気の振動を感知して音を感じることができているようだった。
あと、どうやらこの蟻、さすが異世界というべきかもしれないけれど、かなりデカいらしいことが分かった。
見た感じはトゲアリっぽいんだけど、顎がかなり凶悪だし、持ち込まれる餌の中には、どう見ても猿か何からしい動物の一部もあった。
それを口に押し付けられた時には、意識が飛びそうになっちゃったよ。
食べたけどさ。
死にそうなほどお腹がすいていたんだもん、しょうがないじゃん。
猿らしき動物がどの程度の大きさか分からないけれど、ひょっとしたらこの蟻、1mとかあったりするんだろうか。
ちょっと怖くなってしまった。
自分自身も大きくなってきた実感はある。
それでも動けないことは変わらない。
ヒマでヒマで死にそうだ。
なのでいろいろ観察したり考えたりすることしかできないのだけれど、どうやら働き蟻たちは頻繁に会話していることが分かった。
会話と言っても、声を出してお話しするわけではない。
体を小刻みに上下運動させて、腹部の先を地面に叩きつけることで音を出す。
その時の回数とかタイミングとかで、簡単な情報交換を行っているようなのだ。
残念ながら僕は動けない幼虫のままなので、シャッフルタイムで地面に触れる位置に動かされた時だけ、地面の振動でそれを感じることができた。
空気の振動でそれを感じることはできなかったんだよね。
正確には、音を出す蟻に触れるほど、ごく近くであれば何となく感じることはできた。
成虫たちは、空気の振動ではなく足に伝わる地面の振動でそれを感じ取るのかもしれない。
確かによく見れば(というか、魔素感知で観察すれば)、足・・・脛的なポジション?にはすごく細かい毛が密集しているように感じ取れる。
他にも、働きアリの体の中から音が出ることもあった。
確か、元の世界の蟻にもそう言った種類がいたはずだ。
複柄節(胸と腹をつなぐこぶ状の関節)を動かして、人間が指の関節を鳴らすような原理で音を出していたんだっけ?本で読んだ記憶はあるけれど、あまり自信はない。
その音は空気中を良く通るようで、僕が他の幼虫たちに埋もれてさえいなければハッキリと聞き取ることができた。
残念ながら意味は分からないけれど、その二種類の音を駆使してコミュニケーションを取っているようだ。
たぶん、他にも匂い(フェロモン)を使ってのコミュニケーションもしていると思う。
元の世界の蟻がそうだったし、この蟻(姉たちになるのか?)たちも頻繁に触角を動かして働きアリ同士触れ合ったり、地面に触れたりしている。
元々蟻が好きで飼育したりもしていたから、ヒマで暇でしょうがない幼虫な日々を、興味深く蟻たちの活動を観察してこれた
そうでなかったらおかしくなっちゃっていたかもな。
蟻好きでよかった。
・・・じゃない!
格闘ゲームとかRPGやってればこんな苦労しなくて済んだのに!
**
ん?
なんか・・・変だぞ?
体の下の方が・・・なんというか・・・これ、まさか・・・。
ふおぉおお~!
まさか、蟻の幼虫になってまで便意を感じるとは思わなかったぁ!
ぬあぁああ~・・・忘れてた、蟻の幼虫って、超便P・・・じゃない、蛹化直前まで肛門が無いんだった!!
ふおぉおお~・・・初排泄がこんなにつらいなんてぇ~。
さ、裂けるぅ~・・・(@ロ@””
スポン
そんな音が聞こえそうだった。
「元気な男の子でした。」
いつか聞いた、父親のクソ寒いオヤジギャグを思い出してしまった。
なんだかすっごくスッキリ。
スポって感じで出たってことは、固形排泄タイプか。
確か、液状排せつの種類もいるんだよね。
そっちじゃなくてよかったよ。
前世の記憶があるからさ、何となくね・・・自分の”んこ”とか”しっこ”がくっついたままっていやだったんだよね。
繭つくるうえに液状排泄の種なんてさぁ・・・羽化するまで黒いンコのあとがついたままだもんなぁ。
観察してるときはそんなに気にしてなかったけど、いざ自分事になるとね。
そのタイプじゃなくてよかったよ。
繭で密封された状態でンコと一緒って・・・ゾッとしちゃう。
あぁ、なんか、安心したら急に眠くなってきたな。
今まで眠気なんか感じたことなかったのに。
排泄したってことは、もうすぐ蛹になるってことだよね?
この眠気もそれが関係するのかな?
蛹化するって、こういうことなのかな。
もう少しで動けるようになる・・・のか・・な。
やっと・・・動け・・・る・・・たのし・・み・・・だな・・・あ・・・。
もうすこ・・・し・・・で・・・。
第2話、内勤編 公開未定
仕事と本編の息抜きに書いているので次はいつになるか・・・自分でもわかりません。