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「――ハッ」
ふと気づいたアンナは、周りを見回した。なにか、暗い。窓からの明かりがない。
窓から覗いてみれば、外には夜空が広がっている。
今日は競りがあったから、早朝に工房を出た。そこから戻ってきてニコラと話して、それでもまだ昼前だったはずだ。そこから作業をしながら考え事をしようとして……気づけば夜になっている。
「ま……またやっちゃった……」
考えるつもりは本当にあった。作業をしているうちに、こんがらがった頭が落ち着くと思っていた。
しかしふたを開けてみれば、ただ作業に没頭し、時間を消費しただけだった。
「……どうしよう」
結局、問題はなにひとつ解決に向かっていない。加えて今、新しい問題が浮上してきた。
「おなか……すいたな……」
思えば、朝からまともに食べていなかった。
いつもなら日が沈む前にマスターの店に行くところだが、今日はもうすっかり夜になってしまっている。
この時間になると、マスターの店は食堂というよりも、酒場の色を強く帯びてくる。
酒が入り、いくらか正直になった者たち。そんな人間たちに囲まれることが、アンナは苦手だった。
だからいつもは、わりと早い時間に夕食をとりにいくのだ。
今日は、もう出遅れた。とはいえ、何も食べられずにこのまま過ごすのも厳しい。
集中力が落ち、手が止まったのだって、おそらくは空腹が原因だ。
であれば、これ以上の作業は難しい。いっそ寝てしまうことも考えるが、寝られそうにない。
ようはマスターの店に行く以外の選択肢は、ないに等しいのだ。そう自分を納得させたアンナは、工房を出た。
朝とはまた違う、ヒヤッとした風を体に感じる。
不意に、工房の背後の木々が、ざわざわと揺れた。恐れを孕んだ瞳で、アンナはそちらを見る。
ぐずぐずするな。
森が、そんなことを言っている気がした。
マスターよりニコラより、森に怒られるほうが、よほど怖い。
アンナはいつものようにフードを目深にかぶると、足早に工房から、その背後に広がる森から離れていった。