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春らしい、風の強い朝。青空を漂う雲が、瞬く間に流されていく。
そして、それと張り合うかのような、威勢のいい声が響く。
「さぁー、松の次は上物の楓だ! あい、サンゴー出た。ヨンマル! ヨンマルヨンマル、ヨンニー! ヨンニーヨンニーヨンニー、さぁないか、ヨンゴー出た! ヨンゴーヨンゴーヨンゴー……」
頭上の爽やかな空が嘘のような熱気が、この地上には漂っている。
職人の町、クレモニア。その名物の一つである木材の競りが今、町の広場で行われているのだ。
競り人の仕切りのもと、屈強な男たちがハンドサインで買い値を示していく。
彼らはみな、腕に覚えのある職人たちだ。けれど、その実力を発揮するためには、相応の材料が必要になる。
とはいえ、金に糸目をつけない買い方をすれば、商売として成り立たなくなる。
少しでも安く、少しでも良いものを。
競りの場はそうした男たちの目論みが渦巻く場であり、自然とその熱は高まっていく。
そして男たちは、競り人に指揮されるように、一つの群れと化していく。
その中から、一体誰が頭角を現すのか。
遠巻きに眺める見物人たちは、それを楽しみにしているのだ。
と、男たちの塊の中に一つ、小柄な影が、ちょろちょろと動き回っている。
どうにか前に出ようとしてあきらめ、それから横から回り込もうとしてあきらめ、結局後ろへとひきさがっていく。
その様子はまるで、猛牛の群れに迷い込んだ子ウサギのようにさえ見えた。
「あうう……や、やっぱり無理だ……」
泣きそうな声を出しながら、その人物は集団から脱出する。とたんに、周りの見物人たちがざわついた。
ハッとして頭に手をやる。目深にかぶっていたはずのフードが、はずれていた。
そこにあったのは気弱げな少女の顔。ただ、見物人たちが驚いたのはそこではない。
肩まで伸びた艶やかな黒髪に、この辺りでは見かけない褐色の肌。それは、彼女の出身を如実に物語っていた。
「シルワ族……?」
ふと、取り巻く人々の中からそんな言葉が漏れる。
少女はビクリ、と体を震わせ、フードをかぶり直すと、すぐさま走り出し、あっという間に広場から去っていってしまった。