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「というわけで、ホールを使う許可はもらってきたぜ」
漆黒の衣装に身を包み、エル・ケーニッヒと化した姿で工房にやってきたエルネスタは、開口一番、そう言った。
「え……あ……うん」
意気込むエルネスタに対し、アンナはやや間のぬけた返事をしてしまう。
二人で協力するようになってからしばらくたつが、アンナはいまだにエルとエルネスタの切り替えに慣れずにいる。
というか、エルネスタがうまいのだ。エルのときとは、雰囲気はもちろん、声まで全然違う。本人曰く「私、声楽もやってるから」だそうだが、本当に別人のように感じる。
「なんだよ? そんな困ったような顔して」
「あ……ごめん。エルの姿だったから、驚いて……」
基本的にエルネスタは、アンナと会うときには、そのままの姿でやってくる。そして、演奏をするとなったときには、エルの格好になるのだ。最近では、工房で変身していくことも増えていたので、エルの状態で来たことが意外だった。
「ああ、そういうことか」
納得して、それからエルはカツラをとった。彼にしてみれば、それが彼女へと変わるスイッチらしい。逆もまたしかりだ。
「……マスターの店に寄っていたのよ。ホールを使って演奏することを伝えたの。聴衆がいなきゃ、なんの意味もないからね」
エルネスタに戻って、淡々とした口調で言う。あの一件の後も、エルネスタはたびたびマスターの店で演奏を行ってきた。
自警団の二人は、あれ以来来ていない。ただ、客たちは心得たもので、バイオリンの演奏を、外で話すこともしていないらしい。
あるいは、自分たちだけが知っているというある種の特別感、背徳感を楽しんでいるのかもしれない。
そうした中でエルネスタは、そろそろ次のステージを見据えて、目をつけたのが、聖奏祭でも使う、町のホールだった。
ここは、普段はめったなことでは使われない。しかし、本番ではむしろここに立つ可能性もあるので、それに合わせて練習、調整をできることは大きい。
ただ、得体の知れない人間にニコラは貸してくれないだろう、とアンナが話したら、エルネスタは「それならば、エルネスタとして借りる」と言って、領主の屋敷に帰っていった。
それが、昨日のこと。まさか、その翌日に話をつけてくるとは思わなかった。
「えと……じゃあ、今日からもう?」
「さすがに今日はやらないわ。ホール自体、どんな場所かちゃんとは見てないし。でも、今はそれより、あなた」
「……わ、私?」
ビシッ、と指をさされ、反射的にフードをかぶる仕草をする。だが、さすがに工房の中ではフード付きのローブは脱いでしまっている。
「それ。あなたはエル・ケーニッヒの相棒なんだから、もう少し堂々としてなさい。っていうかどうせなら、もう少し華やかな格好をしなさい」
「そう言われても……」
基本的にアンナは、服装には興味がない。というか、アンドレアもその辺には気を回すタイプではなかったので、アンナが持っている服のほとんどは、ニコラのお下がりになっている。
今も着ているのは、男物の服だ。作業にはちょうどいいので、何も問題はないのだが。
「……そもそも私、シルワ族だし」
目立ったところで、何もいいことはない。だから、外ではああしてフードをかぶっているのだ。
「それが何? あなたの生まれがなんだろうと、あなたはあなたでしょ。気にするだけ損よ」
さも当たり前のように、エルネスタは言ってのける。彼女は都会の方の出身だから、シルワ族のことをほとんど知らない。だからこそ、そうした発言ができる。
けれど……それにどれだけ、アンナが救われていることか。
「……わかった。行くよ」
それに、エルネスタはこうして言い出したら、なかなか自分の意見を曲げない。彼女に協力をはじめてすでに一ヶ月以上が経過しているが、それは何度も思い知らされた。
「ええ、そうしなさい。あなただって、たまには工房から出ないとね」
そして二人は、町へと繰り出した。