表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/43

プロローグ

 寒々とした星空の下、一頭の馬が風を切って森の中の道なき道を駆けていく。


 その背には、父と娘の親子。父は片手で器用に手綱を握り、もう片方の腕で子供を抱きかかえている。腕の中で子供はぐったりとし、弱々しい呼吸を繰り返している。


 ただ、父の腕を通して伝わってくる体温だけは、蝋燭の最後の灯火のように熱かった。


「あぁ……エルケーニッヒよ」


 馬の蹄の音が乱雑に響く中、父がつぶやく。


「どうか……あなたの導きを拒むことをお許しください。娘を救わんとすることを、お許しください」


 神聖なものへの祈りのように、父は幾度となく、古くからの聖句を唱える。


 その声は、薄れゆく意識の中にあった娘の耳にも、かすかに届いていた。


 エル……ケーニッヒ……。


 その言葉を、頭の中で反芻する。


 とても大切な言葉だった気がする。けれど、それが何を意味するものだったか、娘はすぐには思い至れなかった。


 それでも、やがて思い出す。


 それは自分たちを見守る、森の王の名前。


 そのときふと、娘は何かに見られているような感覚を覚えた。


 かすかに首を動かせば、暗い森の奥に、ぼんやりと光る何かが見えた――気がした。


「お……とう……さん。いま……あそこ……」


 娘のつぶやきに、父はギョッと目を剥いた。手綱が乱れ、馬の体がぐらつく。


「く……」


 だが、それもすぐに立て直した。それから父は、娘を抱く腕に力を込めた。


「大丈夫だ。絶対に、大丈夫だから……」


 それは娘に向けた声か、それとも自分へか。いずれにしても、娘はその言葉に安心を得て、静かにまぶたを閉じた。それから、すぐにまた弱々しい呼吸音が聞こえてくる。


「あぁ……エルケーニッヒよ」


 そしてまた、父はつぶやく。


「どうか……我が罪を許したまえ。どうか娘の、健やかなる成長を見守りたまえ」


 やがて馬は、森を抜ける。前方には、人々の営みを示す、ほのかな灯りがともっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ