第1章 『デュエルコロッセオ』~異世界、スキル、そしてゲーム~ その4
「……いてぇ……」
両腕の痛みに顔をしかめながら、おれは足元に倒れたオークを見おろした。ぐったりとして、ピクリとも動かない。その胸からは、ドクドクとどす黒い血が流れ続けている。
「勝った……」
生き残ったんだ。そうだ、おれは、やってやったんだ。
「いや、おれじゃないか。雪奈さんのアクションのおかげだ」
攻めのトークンの数と、守りのトークンの数を全部把握して、オークの手元にどのトークンが残っているかを推測する。攻めのトークンにも相性があるが、雪奈さんはそれすら全部計算して、相手のこん棒を最小限の動きでかわしつつ、動きを封じていった。そして最後は、フェイントを入れて胸を貫く。見事な勝利だった。
「雪奈さん、おれ……」
「このおまけ野郎!」
安堵でへたりそうになるおれに、リオンの怒声が容赦なくあびせられる。
「な、なんだよ! おれは勝ったんだぞ! あんなやべぇオーク相手に勝ったのに、なんでそんな」
「当たり前じゃん、そんなの。だって相手はレベル1のオークだよ? そんな奴相手に、なによあのへっぴり腰は? だらしないわねぇ」
あの疫病神め……!
「だいたいあんたがビビりすぎてるから、雪奈めっちゃ考えこんでたんだよ。どうやったらあんたの傷を最小限に抑えられるかって。勝負事ってのは、当たって砕けろ、肉を切らせて骨を断つの精神でいかなくちゃいけないのに」
「リオンちゃん、それで借金まみれになっちゃったじゃんか」
ユイちゃんの声が聞こえてきた。ん、待てよ、借金まみれって。
「あんた余計なこと言うんじゃないわよ!」
うわっ、いきなりでけぇ声出すなよ、耳がキーンッてなるだろ。
「リオン、それよりも早く、物体化の説明を」
「ちょっと、セリカまで余計な口出ししないでよ! わかってるっての!」
フーッと大きく息をはいて、それからリオンが続けた。
「それじゃ雪奈、あのビビりに向かって、物体化って叫んでみて」
「うるせぇ、誰がビビりだ……って、うわっ!」
いきなり目の前が真っ白になる。くらくらしながらも目を開けると、おれはまたあの、夜空の上みたいな空間に戻っていた。
「多田野君! 傷は、傷は大丈夫なの⁉」
むぎゅうっとやわらかいものが腕に当たった。それに、すげぇいいにおい……。
「って、わっ、雪奈さん⁉」
いつの間にか雪奈さんが、おれの腕にしがみついて身を寄せていた。ていうか、もしかして、泣いてるんじゃ……。
「そんな心配しなさんなって。雪奈、あんたの物体化は、霊体化されたものをもとに戻す力がある。ただ、その戻し方ってのは様々なのよ。つまり、霊体のときに受けた傷を、なかったものとして戻すこともできるのよ。……って、聞いてる?」
疫病神がなにか言ってるが、そんなのはもうどうでもいい。おれはただ、この極上の至福を少しでも長く味わえるように、全神経を腕に集中させていた。あ、そうだ、スキルをくれるってんなら、時間を止めるスキルが欲しい。この至福の時間を止めて、永遠にここで暮らすんだ
「オッホン! ……傷がないこと確認したら、そろそろ説明を続けていいかしら?」
雪奈さんが顔をあげた。赤くはれた目を指でぬぐい、あわてておれの腕から手を離す。あぁ、至福が終わっちまったぜ……。
「で、どこまで説明したんだっけ?」
「霊体から物体に戻す際のメリットまでですわ、リオン」
セリカに助け舟をもらって、リオンは満足げにうなずく。満足げっていうか、こいつ腹立つ顔してやがんな。
「要はそういうことよ。雪奈、あんたのスキルを使えば、どんな人間も安全にレベルを上げることができるってわけ」
「レベルを?」
雪奈さんに聞かれて、リオンが待ってましたとばかりに説明を続けた。
「そうよ。霊体の状態で負った傷や、最悪死んでしまっても、あんたの物体化を使えば、元の状態に戻すことができるの。でも、そこで得た経験値は、そっくりそのまま物体にも引き継がれる。論より証拠ね、ユイ、お願い」
「はーい」
ユイちゃんがまた指を鳴らそうとして、ハッとおれを見た。いや、そんなにらまないでくれよ、笑ったのは謝るからさ。
「それじゃ、いっくよ~! ステータス、オープン!」