第1章 『デュエルコロッセオ』~異世界、スキル、そしてゲーム~ その3
「ど、ど、どうすればいいの⁉」
すがるように雪奈さんがセリカを見る。セリカはなにも言わずに、落ち着きはらっているが、そんな余裕かましてる間に、ほら、オークが雪奈さんに襲いかかってきたじゃないか!
「危ないっ!」
へたったからだに活を入れて、オークの前に立ちはだかろうとして、おれの頭にまたしても激痛が走った。銀色に光る棒みたいなのが、突然目の前に出てきてぶつかったんだ。
「なんだ、これ……」
ツンツン疫病神が、その棒を、いや、銀の槍だ、とにかくその銀の槍を持って、オークを押しとどめている。あっけにとられる雪奈さんに、疫病神が声をかける。
「さぁ、早く、あいつに向かって『霊体化』って叫んで!」
「リオンが押さえている間に、早く!」
ツンツン疫病神と、セリカの言葉が重なる。それに呼応するように、雪奈さんが凛として力を解き放った。
「『霊体化』」
そのとたん、あれほど暴れていたオークの動きが止まった。そして、突然星のような光に包まれ、夜空にとけていったのだ。口をあんぐり開けたまま、固まるおれを見て、疫病神が大笑いする。
「アハハハハッ! ちょ、あんた、なによその顔は! そんなにびっくりしたわけ?」
「リオン、そんな風にバカにしてはなりません。凡人にはこのすごさなどわからないのですから」
凡人って言われたよ。やっぱりおれ、セリカからめっちゃ嫌われてるみたいだ。それにあの疫病神改めリオンも、見下すような視線をおれに向ける。
「そうよね、おまけで選ばれたようなやつに、この力を理解するなんてできないわよね。でも、雪奈がすごいのはここからよ! ユイ、あれは持ってきた?」
「もちろん!」
ユイちゃんが持ってきたのは、見覚えのあるボードゲームだった。
「これって、『デュエルコロッセオ』か」
雪奈さんの店でも大人気のボードゲームだ。おれが、雪奈さんから一番最初に教えてもらったボードゲームでもある。古代ローマの闘技場をモチーフにしたゲームで、袋の中に入ったトークンを引くやつだ。
トークンには突きやら払い、盾のマークなんかもあって、それがそれぞれアクションになってる。一度に三枚トークンを引いてから、相手のアクションを予想して、こっちのアクションを決める。その駆け引きが楽しいって、雪奈さん言ってたっけ。
「雪奈、そこのおまけも『霊体化』しちゃって」
「はぁっ⁉」
なに言ってんだこの疫病神! 霊体化するって、それじゃおれまでさっきのオークみたいに消えちまうじゃねぇか!
「心配しなくても大丈夫よ。そこのおまけと、さっきのオークを、このゲームで戦わせるだけだから」
いや、心配しまくりだろ! あんなバケモノと戦えってのか⁉ ていうかだから、霊体化されたら消えちまうって、何度言えばわかるんだよ! ……って、あれ、雪奈さん? なんですかその、ものすっごいいや~な笑顔は……ちょ、待っ……。
「霊体化!」
雪奈さんの弾んだ声とともに、おれの目の前が真っ白になった。次の瞬間には、あのオークが目の前で、こん棒を構えておたけびをあげているじゃねぇか。
「うわぁっ! わわ、わ、ひぃぃ!」
「アハハハハッ! ちょ、ウケる、あいつ、ひぃぃって、ひぃぃって!」
あの疫病神、覚えてろよ! って、それより、早く逃げないと……。
「なんだ、これ?」
走り出そうとして、おれは自分の格好に目をむいた。いつの間にかローマのグラディエーターみたいになってるじゃないか。って、これ、どこかで見たことあるような……。
「雪奈、それじゃあトークンを三枚引いて!」
上のほうから声が聞こえる。リオンの声だ。雪奈さんの声も聞こえてきた。
「それじゃあこれを選ぶわ。でも、相手は誰なの?」
「さっきのオークよ。雪奈は、そこのおまけの行動を決めるのよ」
やっぱりおれの予想は当たっていたようだ。この姿、デュエルコロッセオの箱に描かれてた剣士そのものじゃないか! ってことは、戦うのは……。
「アクション!」
雪奈さんのとどろくような声に押されて、おれは剣を振り上げ……ないで、盾を前に突き出した。オークのこん棒が盾を叩いて、ゴォンッと鈍い音を鳴らす。盾のトークンを選んだんだろう、さすが雪奈さん!
「よし、来やがれ!」
もうなにも怖くないぜ!