第1章 『デュエルコロッセオ』~異世界、スキル、そしてゲーム~ その1
別に最悪ってわけじゃない。だが、ほとんど底辺って言っていいだろう。そう、サイコロを投げたら、1か2しか出ないような、そんな底辺、それがおれだ。
だからこそ、底辺でくすぶってる人生に初めて見えた光を、おれは手放したくなかったんだ。それなのに、あんな黒いトラックなんかで、初めて出た6の目をおれは手放しちまうのかよ……。
「……トラック?」
勢いよく起きあがって、おれは首をもげるほどに振ってやった。これで悪夢から覚めただろう。早くバイトに行って、雪奈さんを。
「ようやく起きたみたいね」
どこか聞き覚えのある声が、反響してフッと消えた。ていうかここ、どこだ? 夜? ていうか外か?
「うわっ!」
地面がない! えっ、空の上? 足元に、星空が?
「夢でも、見てんのか? おれは……」
カツン、カツンと、ヒールの音が聞こえてくる。足元星空なのに、なんでヒールの音? とはいえおれは音のするほうへ目をやり、まぶしさで目がくらんだ。
「……思い出した、あんたら……」
記憶が一気によみがえってきた。そうだ、おれは雪奈さんの店で、アイドルグループみたいな女の子たちに接客してて、それで、元気っ娘がトラックを……。
「夢の、続きなのか?」
まるで宇宙空間みたいな場所に、ギリシャ神話の女神が着るような、真っ白なドレス。コントラストに目がくらみそうだ。店で会ったときですら、アイドルみたいだったのに、これじゃそれこそ本物の女神だ。しかも三人。夢だったとしても出来すぎてる。
「もうひと眠りするか」
「バカ、なに寝ようとしてんのよ! ていうか少しは喜びなさいよ、あんたたちは選ばれたのよ!」
この声、あのツンツン疫病神だ! ってことは、まさか、本当にこいつ……。
「それじゃあもしかして、もしかしてだけど、わたしたち、異世界に転移しちゃったの?」
雪奈さんの声がして、反射的にふりむいた。見たこともないようなとびっきりの笑顔だった。おれは完全に固まってしまって、食い入るようにその顔を見つめる。
「その通りでございます。あなた様は……失礼、あなたがたは、選ばれたのです。わたくしたち運命の三女神によって、この幻想世界『ディルフィーナ』へと、召喚されたのでございます」
ゆううつな、けれども澄んだ声がした。聞いたことのない声に、おれはあわてて雪奈さんから顔をそむける。声の主は、あのグラビアおっとり娘だった。ダークブルーの髪が物憂げに揺れる。
「ていっても、まだ入口だけどね」
今度はあの元気っ娘、確かユイちゃんだったか? その子の声だ。くりくりした碧い目と視線が合い、にひひと笑いかけてくれた。
「そんなのどっちでもいいわよ! とにかくあんた、おまけで選ばれたんだから、しっかりやってよね!」
ツンツン疫病神がツインテールを振り乱しながらほえたける。ていうかさっきからこいつら、なにを言ってるんだ? 選ばれただの、幻想世界だの……。
「やったぁっ! やったね、多田野君! わたしたち、異世界転移できたのよ!」
一人取り残されてるおれの手を、本物の女神の手が包みこんだ。思わず「うひゃっ!」と、バカみたいな声を出しちまったが、雪奈さんは気にせずおれの手をブンブンふる。
「ゆ、雪奈さん、落ち着いて」
「落ち着いてなんていられないわよ! だって、異世界転移よ、異世界転移! わたし、ずっとずっと夢だったの!」
「いや、だから、その、異世界転移って、なんですか?」
右へ左へからだを引っぱられながら、おれはなんとかそれだけ聞いた。とたんに雪奈さんの動きが止まる。え、なんだ、おれ、まずいこと言っちまったか?
「えっ、うそ、多田野君、その……。異世界転移って、知らないの?」
神妙な顔の雪奈さんに、おれもおそるおそる首を縦に振った。
「えぇっ、うそでしょ? 今すっごく流行ってるじゃん、異世界転移って。ラノベとか、マンガとか、読まないの?」
「いや、あんまり……」
「えぇー、そうなんだ。ちょっと意外」
雪奈さんがふふふと、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべる。なんだろう、今おれ、すっごく幸せだ。だが、そんな幸せを許さないやつがいる。……そう、あいつだ。
「コホンッ! えー、盛り上がってるところ悪いけど、状況は飲みこめたかしら? 飲みこめたなら、とっととスキルの話をさせてもらうわよ」
ツンツン疫病神が、さらに声をツンツンさせて、おれたちの間に割り入ってきた。