旅立ち(4)
「どういうことですか?」
僕はドーリアに尋ねた。
亡くなった兄を苦しめている原因が、この憎たらしい妖精だって?
ただ、数々の暴言に対する仕返しをするには好都合だとも思った。
「その通りじゃ。しかしだ、兄を救うには、お主の力とレモンの力が必要なのだ。つまり、2人は協力する必要がある」
どうやら、この妖精を倒す、とかそういう簡単な話じゃないようだ。ちくしょう。
「どういうことなのか詳しく説明したいところじゃが、もうすぐ夜が明けてしまう。あとは任せたぞ、レモン」
「はあ〜ぁ。何でこんな面倒なことになっちゃったかなぁ」
レモンが眉間にしわを寄せてそう言った。
僕は結局、何も理解できなかった。
「それで、僕はどうすればいいんでしょうか?」
ドーリアンは優しい笑顔を見せ、僕の頭を撫でた。
「頑張るのじゃぞ。青年」
僕の意識が急に遠のき、体が地面に崩れ落ちた。そして、目の前が真っ暗になった。
真っ暗闇の中に、ぼんやりとした青い光が見える。僕はゆっくりと光に近づいた。そこには、うずくまって座る男の子がいた。上半身は裸で、ズボンだけ履き、顔を膝の間に隠している。背中には「死ね」「キモい」「くさい」の文字がマジックで書かれて、ところどころに赤い傷や青いシミができている。
「兄貴…」
僕が小さな声で言うと、兄はゆっくりと顔を上げた。表情はうつろだった。僕と目が合うと、じっと見つめ、優しくほほ笑んだ。
「風馬。学校は順調か?」
兄はいつだって、僕のことを心配してくれた。自分がどんなに苦しい状況であってもだ。両親に先立たれ、兄は親の代わりになろうとしていた。
僕は兄が自殺した日、兄を救えなかった自分を責めた。当時の僕は中学生で、兄に優しい言葉を一つもかけてあげれなかった。兄がいじめられるのは、兄が弱いからだと、軽蔑していた。
だけど、それは僕の大きな間違いだった。いじめられてもいい理由なんてない。兄を失って、ようやく気づいた。どれほどの苦しみによって兄は押し潰されたのか、想像に絶する。
「兄貴、もう遅いかもしれないけど、俺にできることがあったら、言ってほしい」
兄は、僕の頬を優しくなでて、もう一度ほほえんだ。
兄が何かを言おうとした瞬間、目の前が眩しい光で包まれた。
「兄貴!兄貴!!」
僕は大きな声で叫んだ。そしてまた、意識が遠のいた。
目が覚めると、僕は自宅の布団で寝ていた。テーブルの上には空のビール缶が3本置いてある。
長い夢のようだった。体も心もずっしりと重たい。兄の表情が鮮明に脳裏に残っている。
僕はもう一度布団に倒れて、天井を見上げた。
きっと、目の前にフワフワと浮かぶ妖精が見えるのは、二日酔いのせいだろう。うん、そうに違いない。
「何で1人で頷いてんの。気色わる」
妖精がしゃべった。
僕はもう、何も驚かなかった。




