3代目の天子に諭された任官5年目の丞相
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
いつもと同じ時刻に参内し、いつもと同様に丞相府で執務を執り。
そうして他の官僚達との閣議をこなして部下への通達を済ますと、時刻は間もなく定時という頃合いでした。
「全く…時の経つのは早い物ですね。」
これは何も勤務時間に限った事では御座いません。
私こと司馬蓮花、中華王朝の丞相に任官されて早くも五年。
今では本名よりも役職名で呼ばれる事の方が多くなり、丞相府での立ち振る舞いも様になってきました。
玉璽を継承された三代目の天子は聡明な御方で、国政は安定して天下も泰平。
しかし最近は「今のままで良いのか?」という妙な焦りを感じるようになったのです。
そんな或る日。
私は主君の愛新覚羅芳蘭女王陛下から、酒席へ御招待頂けたのでした。
「そう徒に焦る事はないのだぞ、丞相。」
「えっ、陛下…?」
心の中を見透かされたかのような陛下の御言葉に、私は驚くばかりでした。
「何を驚いておる?臣下の心も読めぬ者に天子は務まらぬわ。天下泰平は喜ばしいが、目立った功績を挙げられず先祖に申し訳が立たない。大方そんな所だろう。」
図星を突かれた以上、今更隠し事は出来ません。
「実は、陛下…」
「うむ…」
私は胸の内を陛下に御伝え申し上げたのでした。
「確かに貴殿の祖母の司馬花琳上将軍は、晋の司馬炎の末裔にして我が中華王朝の黎明期における名将だ。数多の国難へ果敢に挑む姿に、我が祖母の太王太后も全幅の信頼を寄せていた。」
「はい、陛下…」
そう仰られると、御先祖様の偉大さが改めて身に沁みます。
そして私自身の至らなさも…
「しかし、予は丞相が司馬花琳上将軍に劣っているとは思わぬ。当時は乱世で今は治世。先人に憧れるのは良いが、同じ基準で考えては身が保たん。」
そこで私は、己の過ちに気付いたのです。
時代性の違いという視点の見落としを。
「貴殿は治世の賢臣として国家の安寧に貢献しておるし、それは予が誰より知っている。武勲を挙げるより国の維持の方が遥かに難事なのは丞相も分かっていよう?今日の泰平は間違いなく丞相の功績だ。」
そう仰ると、陛下は小さく御笑いになったのです。
「実は予も、先王や太傅にそう諭されてな。何しろ我が祖母は中華王朝の初代女王で、遠い先祖は清の太祖の努爾哈赤よ。先人がどうあれ、予も丞相も今を精一杯やるしかないのだ。」
「はっ、陛下!」
陛下も昔は、私と同じ事を御悩みだった。
それを知ってからの私は、陛下を一層に御慕い申し上げるようになったのです。