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幼いイチゴ

 

 まず、ヒューストンさんの言葉が信じられなかった。


「そりゃ、姫さんだな」

 言葉の意味が分からなかったとも言う。

「少し桃色がかった金髪の髪を肩まで伸ばした?……えっと、緑の瞳の?」

「そうじゃよ」

 籠の中には、摘まれた赤いイチゴがどんどん入れられている。


「このイチゴが好きだという?」

 流石に嫌な顔をされたので、次の句は飲み込むことができた。


 あの、桃色鶏冠の鎧女の死神の?


 立場的にもこの国の王女さまであり、この屋敷の主人でもある。口に出せば確実に不敬だ。こんなことで命を粗末にしたくはない。ヒューストンさんに感謝しなくては。


「まぁ、あまりお姿をお見せにならないのは、確かじゃな……この時間だと馬の世話でもされていたのだろう」

 ヒューストンさんは、イチゴを毟る手を止めずに、彼女を説明する。


 馬と言えば、あの白馬か……。


 よく手入れされている、賢い良い馬だった印象がある。主人のことを誇りに思っている様子もひしひしと感じられた。


 もし、あの場所で首を落とされていたのなら、彼女の印象は確実に戦いの神に愛された戦乙女だった。

 その方が良かったかもしれない、そうかもしれない。

 俺の中の彼女の印象一つだけを取るのなら、きっとそうだ。


「あぁ、じゃあ、この帽子はすぐに返せますね」

「ポートマンさんに渡しておこう」

「よろしくお願いします」

 とりあえず、持ち主に戻るのなら良かった。胸を撫で下ろすと、ヒューストンさんがイチゴを一つくれた。


「食べてみ」

 太陽に温められたイチゴは囓ると甘いが、口の中で酸っぱさが広がり、顔が歪んだ。


「酸っぱいじゃろ?」

「はい」

「姫さんもこんな感じじゃ」

 籠のイチゴに視線を移したヒューストンさんは、「中身は止まってしまったんじゃな」と呟いた。


「こっちは甘い。口直しじゃ」

「分かるんですか?」

 酸っぱいのを覚悟で口に入れると、本当に甘かった。そんな俺の表情にヒューストンさんがにかっと笑う。


「帽子は、御守りのようなもの。拾ってくれてありがとうな……あぁ」


 酸っぱいイチゴも、そのままジャムに回すからポートマンさんに持って行く。

 ついでに、帽子も渡しておく。


 イチゴの収穫が終わった後に頼まれたお使いの内容だ。おそらく、今日も三時のお茶に誘われるのだろうから、ついでと言えばついでの話だった。

 だから、何も気にせずに彼に頼まれた。


 ポートマンさんはおそらく夕飯の支度のために、台所にいるはずだから、とヒューストンさんは彼女の居場所もしっかりと把握している。


 この屋敷は敷地面積を考えれば、人が少ない。

 俺を入れて四名。

 馬を入れれば五という状態。

 だから、それぞれがいる場所を時間に変えて把握しているのかもしれない。


 それに、もちろん屋敷の奥などには入ったことはないが、大きな財も見当たらない。

 泥棒が入ったとして、狙われるだろう姫さんは、ほぼ無敵と言っても良いくらい。信頼はないだろうが、本当にこそ泥くらいなら、俺でなんとかなるのも確かだ。

 そう思い、ふと先ほどの娘の姿にその姫さんを重ねた。


 可憐という言葉が似合うような、戦乙女とは真逆に立っていそうな雰囲気だった。ここの国王はその娘をこんな少ない家来のみで過ごさせている。

 そもそも、あんな戦場に送り込んでいるのだ。

 ヒューストンさんの言葉を思い返す。親の愛情を受けられずに育ったのだろうか。何か、事情があるのだろうか。


 そう思えば、甘やかされすぎて、あんな馬鹿な失敗をした為政者の両親ではあったが、親としては間違っていなかったことに感謝すべきなのかもしれない。


「失礼、ポートマンさん」

 台所で鶏肉を捌いているところのポートマンさんに声を掛けた俺は、そのままお辞儀をして待った。


「少しお待ちくださいね。エヴァンさん」

 最近やっと名前を呼ばれるようになった。


 それもそうだろう。

 つい最近まで殺し合いをしていただけでなく、その国の中枢にいて、その指揮すら執っていた男だ。

 彼女の知り合いの誰かを殺めていたとしてもおかしくない。王女の付き人ともなれば、それなりの身分を持つのだろうし、特徴を知らされれば、思い当たることもあるかもしれない。


 しかし、彼女はそんなこと一言も言わない。

 触れたくないのはお互い様だ。賢い女性なのだろう。

 怒りと悲しみは同じだけあり、それらを腹の中に芽吹かせ、摘み取るを繰り返すだけ。しかし、俺はその怒りや悲しみを持つ資格すらないのだ。


「まぁ、それはジャクリーヌ様の……」

 エプロンで手を拭いた彼女の瞳が、すこし揺らめいた。

「先ほど、風に飛ばされたようで追いかけてこられたのですが、……」

 逃げられた?


 そうか、逃げられたのか。俺の姿を見て。だから、いつも不自然に鎧まで着て、怖さで声を震わせて?

 本来の彼女が先ほどの娘であれば、ストンと納得できそうだった。


「逃げてしまわれたので、持ってきました」

 そう思い、苦笑した俺に、ポートマンさんは「お会いになったのですか?」と心配そうにした。


「えぇ、一瞬でしたが」

「おそらく、勘違いなさっているかと思いますので、少しお話してもよろしいでしょうか?」


 そして、イチゴのヘタ取りを手伝わされながら、ポートマンさんの話を聞いた。


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