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ジャクリーヌの御守り

 

 ジャクリーヌは厩でブロンの世話をしていた。真っ白いそのたてがみを櫛でといてやると、ブロンは気持ち良さそうに口をもぐもぐさせはじめ、止めるともう少し掻いてと言いたげな表情を浮かべてくる。

 優しい性格だとジャクリーヌは思っているが、気難しい馬だと言われることもある。

 しかし、それはとても賢いからだ。


 ブロンは、ジャクリーヌが紺色のエプロンドレスを着ている時は、まるでジャクリーヌをエスコートするように、ゆっくりと歩いてくれるし、鎧姿の時は、その背に乗せて勇ましく走ってくれる。


 あの日もそうだった。


 あの日、ジャクリーヌは覆われた世界の隙間から、彼を見ていた。


 死を覚悟した顔。

 その顔なら何度も見てきた。

 しかし、その表情は様々だった。


 ジャクリーヌが掛ける言葉に馬鹿笑いをし、「情けなど死神に望まない」と無表情に戻る者。

 ひたすら睨み付けて無言を貫き通す者。

 誰もが死神のジャクリーヌを呪って死んでいく。

 呪われて救われるのであれば、別に呪ってくれて構わない。


 自分は魔女になってしまうのかと、泣いてしまったあの日に、きっと全ては決まっていたのだろう。


 だから、剣術の先生の言葉を信じて鍛練を続けた。

「お前は女だ。戦場においてそれは何よりの弱みとして、お前に襲いかかるだろう。だから、弱さを捨てろ。誰よりも強くなれ」

 どのように生きれば良いのかも分からなかったジャクリーヌには、それが生きる標となった。


 髪色に泣くこともなく、その髪色が自分の力として動く。


 そう、……死神になったのだから。それで良いのだろう。


「言い残すことはないか?」


 目の前にいる、自分を人間だと信じて疑うことのなかったジャクリーヌの敵が、何を言い残したいのかをただ知りたかった。


 しかし、ジャクリーヌの振るう剣は、諸刃の剣。

 諸刃の剣の片側は相手を切り裂き、もう片側がいつもジャクリーヌを切り裂く。


 だけど、きっと、赤にはまだ。

 まだ……。縋るような桃色のまま。

 ジャクリーヌは、そんなことにも気付かずに眼下を見つめる。


 彼はジャクリーヌを見上げて、どこか清々しそうに「そうだな」と空を見上げた。

 黒き瞳に黒き髪。しかし、闇に飲み込まれることのない、光を見つめるそんな目で、彼が続けた。


「生き残っている家族に伝えて欲しい。あの庭でゆっくりと待っているからと」

 死を間近に、彼は他人の『生』を望むのか。そして、肯くジャクリーヌに「感謝する。ありがとう」と力なく笑った。


 人間とは、……。

 魔女でもなく、死神でもなく……。

 頬に何かが伝った。


 あの時と同じ、髪を切ったあの時と。


 ……私は、死を覚悟して、きっと笑えない。ただ、感情がぐちゃぐちゃになる。きっと、誰かを呪うことで救われようとする。

 刃が、彼の首から離れていた。彼はもう逃げないと分かったのだ。

 ……私と違い、彼は、逃げない。


「……歩けるか?」

 ジャクリーヌは彼に問い、馬に積んでいた縄で彼の手を拘束し、腰紐を付けて、連れ帰った。

 城に戻るまで、死に急ぐこともなく、生きながらえようともせず、ただ彼は歩き続けた。


「ブロンはあの時も彼のペースに合わせて歩いていましたね……」

 ブロンがその言葉に耳を震わせ、こそばそうにした時、舞い上がるような風がジャクリーヌを襲い、彼女の帽子を奪ってしまった。

「帽子が……」

 慌てて駆けだしたジャクリーヌの後ろ姿を、ブロンがじっと眺めていた。


 そして、彼に会ってしまった。


『魔女なんだよ』

 童話の魔女がジャクリーヌの傍でにやりと笑ったような気がした。



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