第五十四話 見上げた花火
夜は八時を過ぎたのだけど、街通りはやけに明るい。上を見上げれば、街灯から街灯に吊らされた幾つもの提灯が揺れていた。
空を見上げれば、その提灯群に負けない程、いや勝る明るさで花火が次々と舞い上がっている。
花火大会だ。
浴衣姿の通行人達をすり抜けて、ボクと早恵は早足で突き進んでいた。
正確には、若干強引に突き進む早恵に手を引っ張られてボクは躓きそうになりながらついていく。もちろん、早恵の肩がぶつかってしまった方々への謝罪も忘れない。
「早く、ほら、早く!」
「わわわ、ちょっ、ちょっと、早恵そんなに急ぐなよ」
ボクの細やかな抗議は聞こえなかったのか、無視されたのか、早恵は歩を緩める事なくボクを引っ張る力を更に強めて突き進んでいく。
「花火がね、綺麗に見れる所があるの」
随分と突き進んだらしく、周りにはお祭り客が多くなってきていて花火の打ち上げ場所もどうやら近くになってきていた様で、花火の音やら話声がボクらの声に被る様に響く。
ボクは頷き返事をし、早恵は、あっちだ、と人混みから少し離れた建物を指差した。
建物内に入り、エレベーターに乗る。
「何処に行く気なんだよ?」
「屋上。花火大会の時はね、ここ屋上が開放されてるんだ。地元のごく一部の人だけが知ってるスポットなんだよ」
程なくエレベーターは最上階に着いた。
エレベーターを降りて、直ぐに右折。屋上が開放されてるという割には廊下の照明は、省エネでも意識してるかの様に薄暗い。
しばらく歩いて、左折。時折外から花火の光が射し込み通路を照らす。ちょっとだけ、それが不気味だったりする。
またしばらく歩いて、右折。何だかゲームに出てくるダンジョンの様だ。モンスターもお宝も無いが、ボクの中の無邪気な冒険心を揺さぶってくれる。
そして、少し歩けば屋上へと繋がる階段に辿り着いた。開放と言っていた通り屋上のドアは簡単に開いて、その先には既に何人か先客がいた。
こっち、と早恵は相変わらずボクの手を強引に引っ張る。屋上の柵に手をかけて、少し近くなった空と花火を見上げる。今日は天気がいいので、花火の向こうに星が幾つも輝いて見えた。
「うわぁ、凄いね、確かに」
「でしょ」
夜空に向けて、手を伸ばしてみる。何だか花火も星も掴めそうな錯覚があった。
天井に向けて伸ばした手には何も掴めそうに無かったのに、遥か遠い夜空は掴めそうだなんて馬鹿げている気もする。あと、花火も星も素手で掴んだら熱いだろうな、なんて下らない心配も頭に過った。
「何してるの?」
「こうやってたらさ、花火とか星が掴めそうな気がして」
「何、それ」
早恵の疑問に手を伸ばしたまま答える。その答えを聞いた早恵は笑いながら、同じ様に手を伸ばしていた。
「……どう?」
「う~ん、多分もうちょっと」
何が“もうちょっと”なのかは聞かない事にした。きっと、それには明確な何かはないのだろうから。
ねぇ、と声をかけてくる早恵にボクは、ん?、と気の抜けた返事をした。
「優人の事、怒らないであげてね」
「優人に対して怒る理由なんてないよ。ああ、でも優人の事を黙ってたのには、少しだけ怒ってもいいかと思ってる」
「……私の事、怒らないであげてね」
「何で他人事みたいに言うんだよっ」
伸ばした手の先で、幾つもの花火が連続で打ち上がる。夜空に大きな花が鮮やかに咲き乱れる。
それにしても二人並んで夜空に向けて手を伸ばしているのは、はたから見たらどう見えてるのだろうか? 急に客観視してしまい変な気分になった。
「優人はね、両親が離婚してお父さんに引き取られたの」
父方の姓が深見、母方の姓が山村。
小学校の時は同じ学校に通っていたんだよ、と早恵は続ける。だとすると、二つ上の早恵とは小学校時代に出逢っていたのかもしれない。
「離婚してそのままお父さんは大阪に転勤しちゃって、優人もそれについていったの」
当時は優人が転校する事情なんてよく知らなかったし理解しようともしなかった。ただ、親友が遠い場所に行ってしまう事が悲しくて、どうしようも無い現実に悔しいと思っていた。
「それでも姉弟だからね、連絡は取り合ってたの。優人は何かと言うとサッカーの話か洸の話ばかりしてた。大阪で友達作れてないんじゃないかって心配しちゃった」
だんだん電話越しに優人が大阪弁になっていくのを聞いてその心配は無くなったと、早恵は言う。ボクは優人とは暫く手紙で連絡を取り合っていたので、久しぶりに電話で話した際にはその大阪弁にとても驚いた。嘘みたいなコテコテぶりだったのが、より驚きを増していた。