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ボクとネコのはなし:引きこもり女子高生と新米家庭教師が織りなす、ちょっと不器用な日常  作者: 清泪(せいな)
友人と恋人

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第五十三話 例えば

 

 例えば。


 例えば、と数時間前に樹下が続けた言葉を思い出す。


「例えば、先生がこの一週間休んでる間にステップから電話があったんですよ。新木の代わりを派遣しましょうか?、って」


 ボクの代わり。


 二、三日は連絡欠勤の形を取っていたが、他の日はもう無断欠勤だったボクの代わり。つまりは、ボクはクビにするという意味だ。


 派遣しましょうか?、なんていう少し上からの態度なんてもちろん事務所側は取ってないだろう。


「私は、代わりなんて要らない新木を寄越せ、と伝えてくれって言いました」

 

 クレームをつけた客がバイト相手じゃらちがあかないので店長を呼ぶ、みたいな言い回しだけど実際寄越せと呼んでるのはバイトだったりする。


「その時の電話相手、さっちんだったみたいですよ。さっちんが代わりに来てくれるみたいだったんです」


「え?」


 ボクは思わず気の抜けた問い返しをしてしまった。意外だったからだ。


「さっちんは、最悪なフリ方をした元カレの代役をかってでたわけです。普通、同僚とはいえ関わりを持ちたいとも思いませんよ。そんなフラれ方したなら」


 樹下の言葉にいちいち頷いてしまった。驚きに何の言葉も出なかった。


「……それにしても、さっちんには困りモノです」


 ほんの少し間を空けて、樹下は溜め息をつく様にそう言った。


 ボクはその“ほんの少し間”に何だか嫌な予感がして、聞き返す事をしなかった。


 樹下はこちらを見て、ボクの相槌か聞き返しを待っている。


 暫く何も言わずに待っていると樹下は咳払いを一つ。


「……それにしても、さっちんには困りモノです!」


 先程と同じ言葉を今度は語尾を強めにして言う。


 完全にボケを言わんとするアピールだ。


 だがボクは、その強引な主張のボケに触れたいとはどうしても思えなかったので、出来る限り感情を消した真顔でボケが流れていくのを黙って待った。


 樹下の咳払いが一つ、二つ、三つ。


「さ、さっちんって、な、名前ネタが無いんですよね……」


 結局、樹下は言葉に詰まりながらボケを強引に押し込んできた。


 しかし、弱気ながらな発言で語尾に近づくに声は小さくなっていた。


 樹下は強引にボケを言い放ったが、ボクはそれへのショックも重なり何の言葉も口から出せずにいた。


 ゆっくりと息を吸い込み、ゆっくりと息を吐いた。


「名前ネタなんて普通はいらないんだよ」


 深呼吸をしなければツッコミも出ないなんて、なかなか過酷な状況にあるのだろうか?


 いや、驚きが連続し続けてるだけか。


「ええっ!? ここまで来て名前ネタを放棄するわけですか!?」


 嬉々として大袈裟なリアクションを取る樹下。よほどツッコミがあったことが嬉しかったのか、満面の笑みである。


「山の村に早き恵み。猿渡さん達と同じ様にこういうのでいいじゃないか?」


「それだとさっちんのアイデンティティーを表現できていないと思いません?」


 猿が渡る美しい里。


 犬の様に飼われる英雄。


 さて、樹下の幼なじみ二人はどんなアイデンティティーを表現されてしまっているんだろうか?


「大体、早き恵みってどういう意味でつけたんでしょうかね?」


 樹下の疑問に少し悩んでしまった。もちろん悩んだところで答えが出るわけがない。今度、早恵に聞いてみよう。


 

 閑話休題。


 足元に転がるサッカーボールを早恵が拾いあげる。


「このボール、優人のだよね?」


 ボクはその問いに、ええ、ああ、と気の抜けた答えを返した。


「じゃあ、ウチで預かっておくね。ちょっと待ってて」


 ボクはまた、ええ、ああ、と返事をするだけだ。首を縦にも横にも振れずに、早恵がマンションの入り口のロックを解除している様を見てるしかできずにいた。ピポパ、と音色を変える事もなく単一の音が幾つか続く。


 そして、音もなくガラス張りの自動ドアが開いた。ちょっと待っててね、と念を押すようにもう一度呟いた早恵がそのまま自動ドアを通りすぎていくのかと思ったが、目の前で立ち止まりボクの方へと振り返る。


「あ、ちゃんと言ってなかったよね?」


 何の事か、などと今さら惚けるわけにもいかないだろう。ボクは今度は何も言わずにただ頷いた。


「そうだよね。あのね、優人の事なんだけど。私の“弟”なんだよね」


 ボクはまた静かに頷いた。ボクの頷きを見て早恵は説明不要と判断したのか頷き返して、マンションの中へと入っていった。


 ねぇちゃんによろしくな。


 あの時優人の言葉は、そうやって確かに聞こえていたのだから。

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