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第五十一話 わからない

 それでもボクは、ここまで来たからには言わなければならない言葉がある。伝えたい言葉がある。


「あ、あのさ……この間の事、謝りたくてさ」


 言葉が決まっていても、心が揺らいでいる。目に見えない、いや、微かに見えている気がする壁は分厚い。


 ここまで色々と喝を入れてもらって、背中を押してもらって、腕を引っ張ってもらって、それでもボクはたった一言に怖じ気づいてる。


「この間の事?」


 早恵が疑問符をつける、ただそれだけが怖い。それだけで、距離が遠退く。


「い、一週間前の事だよ。ほら、ボクが一方的に別れようって言っただろう。アレを……」


 心の距離とは別に、早恵とボクとの距離は一歩近づいた。ボクが言葉を言い切る前に、早恵が一歩ボクに近づく。


 ボクの言葉を遮る様に、早恵の右手はボクの左頬を叩いた。バチッ、と場に合わない軽快な音が耳に響く。


 突然の衝撃に、右手に持っていたサッカーボールが転がり落ちた。


 樹下が代わりだと叩いた時より、ずっと痛い頬。


「これで……いい。これで、気が済んだから」


 頬を叩かれたボクは早恵から視線を逸らす事ができなくて、頬を叩いた早恵は涙を流しながらボクから視線を逸らした。


 叩かれた頬が熱くなっていく。


「気が済んだって、ちょっと待ってくれよ。話を聞いてくれ!」


 正直、叩かれて頭と心がスッキリした。


 この一週間でこうやって喝を入れられるのは何回目だろうか。


 ボクの言葉に早恵はこちらを向き直す。ふー、と溜め息をついて深呼吸をする様に息を吸って顔を上げる。


 涙が頬を流れたまま、早恵は無理に微笑んでいた。


「……いいよ。これでおあいこって事で、話を聞いてあげる」


「おあいこ? おあいこ、って何だよ?」


「えーっと、引き分けって事? ん、何か違うな。50:50ってのが、妥当かな」


 涙を流しながら微笑む早恵が、まったく意味のわからない事を言う。


 ボクは混乱の末、これが夢なのではないか、これはバーチャルな世界なのではないか、最終的にパソコンのモニターだけ明かりの暗い部屋に引きこもってる少年の夢オチって事なんじゃないか、と色々と思考を廻らせた。


 ……が、叩かれた頬はどんどん熱くなっていく。


 痛い、どれだけ強く叩かれたのか。


 ギザイタス、ピタゴラス。


 ほら、混乱の末、よくわからない単語が反芻してきた。


「洸君に優人をけしかけたのは私だから。ほら、そこら辺の話は優人から聞いてるんでしょ?」


 ボクは頷くだけで返答する。


 涙を流す早恵の声は、けれども何時もの調子で明るい。その明るい声から親友の名前が出る度に、何故だか心は痛くなった。


「一週間前の事は、頭の何処か、心の何処かで予想してたんだよね。そうなって欲しくないから優人を洸君に会わせたんだけど、どっちみちそうなるだろうなって」


「ちょっ、ちょっと待って。まだ、うまく頭の中で整理できてない。……つまり、どういう事?」


 ボクはそう質問を口にしたが、整理できていないなんて嘘だ。きっとそれは、ボクの中にも生まれていた予感。


「私たち、このままじゃいつか別れるだろうなって。随分前から思ってて、それを確かめたかったの」


 ボクらが互いに言わずとも互いに持ち合わせていた予感は、現実となってしまった。いや、このボクが現実のものにしてしまった。


「私たちって、ちゃんと恋愛できてなかったと思うの。ただ、お互いに支えが欲しかっただけなんだよ。自分が必要だって言ってくれる存在が欲しかったんだよ。そういう存在に甘えてただけなんだよ」


 ボクは早恵を求めた。


 優人の足を折って逃げ出したサッカーの代わりに、ボクを支えてくれるものとして。


「私はあの日、前の彼氏に振られた。彼の家に行ったらさ、他の女が居たの。で、浮気だって怒ったらさ、何言ってんだお前は六番目の女だから、って鼻で笑われちゃって……」


「その話はいいよ、早恵。言わなくてもいい」


 何度聞いてもボクはその彼氏を殴りたくなってくる。あの日、早恵が悔しさにボクの腕を掴んでいたのを今でも覚えている。


「良くないよ。それがあって私は洸君にすがったの。私が必要だって言ってくれた、洸君に」


「そうだ、ボクには早恵が必要なんだ」


 あの日、ボクは早恵に何て声をかけたのだろう。こんな時でもあの日かけた言葉が思い出せない。


 ただ必死に、泣いてる早恵を護りたくて言った言葉が。


「でもね、それは恋愛じゃないんだと思うの。それが恋愛なのかどうか、もうわからないの」


 早恵の頬を流れる涙はいつまでも止まらなかった。一言一言言葉を口にする度に早恵の顔が暗くなっていく気がした。


 それでも、早恵は微笑みを崩さない様にしていた。


「私、洸君の事をちゃんと好きなのかどうかも、わからなくなっちゃった」

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