第四十九話 泣かし狙いのスピーチ
「はぁ? そんなもんオレとお前だけで決めれる話か?」
優人の疑問はもっともだ。
ボクから別れると言っておいて無責任な話にも程があると思う。だけど、ボクはここに来る前からそう決めていたから。
樹下桜音己との会話でそう決断していたから。
「……ええわ、ほな、任せるわ」
そう言って優人はボールをボクに渡してきた。右足で軽く蹴り上げて、ボクはそれを胸の前で受け取った。
「優人、ボクはさ、お前のおかげでサッカーが好きなんだって改めて思ったよ。サッカーをやっているボク、サッカーと向き合ってるボクが本当の自分自身なんだって。ありがとうな、優人」
あほか、と優人は頭を掻きながら呟いた。
「恥ずかし気もなく、よぉ言うわ」
ふー、と溜め息をついて天を仰ぐ優人。フリーキックを蹴る際の癖だ。気を静めて集中力を高める動作。
「なぁ、洸。オレがサッカー始めたきっかけ、何か知ってるか?」
「え? そういや、聞いた事無かったな。お前もTVでサッカー選手に憧れたのか?」
いいや、と言って優人は首を横に振る。優人は右手の人差し指をボクに向けた。
「忘れたか? 小学二年生ん時、グラウンドでオレをサッカーに誘ったんお前やねんぞ」
小学二年生の時、ボクはTVで活躍するサッカー選手に憧れてサッカーをやりたくなった。
学校の昼休み、周りじゃサッカーよりもキックベースが流行っていてサッカーは少数派、いや、ボク以外に二三人やっていたら良い方だった。サッカーは十一人でやるもんで、相手も合わせたら二十二人は欲しい。もちろん、そんな人数上級生でも集まってはいやしない。だからと言っても、妥協したところで三対三でやれる六人ぐらいは欲しかった。
そこでボクは片っ端から声をかけていった。いつも隅っこに座ってボクらを見ているクラスメイトにも声をかけた。
「当時、オレは身体弱くてな。皆が遊んでるのを見学するしかできんかった。そこに声かけてきたんが洸、お前や。それがオレのきっかけや」
身体弱かったからしんどかったけどな、と優人は苦笑する。小学二年生のボクは幼かったからそんな事に微塵も気づかなかった。いや、今初めて知ったぐらいだ。
「とにかく嬉しくてな、皆とサッカーすんのが。んで親にも黙って、こっそり走ったりして体力つけて。身体が弱いからって見てるだけなんてもう出来なくなっててな。気づいたら、オレん中でサッカーが中心になってた」
だからな、と呟いて優人は照れくさそうに息を吐いた。
「サッカーについて感謝を言うんわ、オレの方や。ありがとうな、洸。サッカーに逢わせてくれて、サッカーを共にやってきてくれて。ホンマ、ありがとうな洸」
言ってすぐにそっぽを向いた優人に、ボクは思わず笑ってしまった。笑うなや、と抗議する優人は顔を真っ赤に染める。
「恥ずかしいなら言うなよ。一生、胸に秘めててくれて良かったのに。聞いてるこっちが恥ずかしいよ」
「お前が最初に恥ずかし気も無く言うたんやないか! アレやぞ、元々こういうのは後々結婚式のスピーチで言って泣かしてやろうかと思って用意してたんやからな」
そんなもの用意するなよ、まったく。反則レベルの泣きスピーチじゃないか。大体、祝いの席で泣かし狙いのスピーチとは如何なものか。
「もうええ、オレは帰るわ。お前も彼女のとこ早よ行ったれや」
「何だよ、怒んなよ」
怒っとらんわ、と言いながら優人はさっさと行けと手を払う。
時計を見ると六時半を過ぎていたので、ボクは渋々それに従う事にした。あまり遅くなると今日中に早恵に会えなくなりそうだからだ。
去ろうとするボクに優人は手を振り声をかけてきた、けどボクはそれを上手く聞き取る事ができなかった。
この場面で聞き返すのも悪いと思ったのでボクはとりあえず頷いてみせた。