第四十六話 癖
「クセ、だよ」
「え、何か臭う?」
鼻をつまんで辺りを見回すボクに、優人は脇に抱えていたボールを投げつけてきた。
「お前、真面目に聞く気無いだろ?」
「悪かったよ、怒んなよ」
優人の怒り方が本気だったので、ボクは直ぐ様謝る事にした。悪ふざけは良くない。
「……クセ、だよ。クセ。何気なく髪さわるとか、指動かすとか、そういうクセ。サッカーでもさ、相手を抜こうとする時とか、フェイントかけてやろうって時にそういうクセ出ることがあるんだよ」
「フェイントかける時に髪さわるヤツとかっているか?」
ボクの素朴な疑問に優人はため息を吐いた。両手を腰に当て首を横に振る。
「たまに、お前の事が心配になるよ」
「何だよ、それ」
「いいか、そんなわかりやすいクセのヤツなんかいない。考えたらわかるだろ? フェイントの時に出すクセなんて小さなもんだ。だけど、その小さなもんを気づけたら先手を打てるって話なんだよ。わかる?」
「小さなもん、ってそんなのどうやって気づけってんだよ?」
「何度か対戦する相手なら見てたらわかるよ。初めて対戦する相手なら……よく見てたらわかる……かも」
優人の答えに今度はボクがため息をついていた。
……癖。
癖、だ。小学生時代の思い出に、ボクは重要なヒントを見つけた。
何度目かのボクのトライを優人は何の気なしに避けた。直ぐ様取れそうな位置にあったボールは、優人の巧みな足捌きによって次の瞬間には遠くにあった。クルクルと回転したりバウンドしたりするボールは、優人の足で華麗に舞っている様だ。
始まってからずっとこれの繰り返し。その繰り返しを終わらす為のヒントが思い出の中にあった。
「……癖、か」
「ん? 何か臭うんか?」
「お前、ハァハァ、小学生のボクと、ハァハァ、ネタが被るなんて、ハァハァ、大阪でどんな成長を遂げてきたんだよっ」
時空を越えたネタ被せ。残念ながら低次元なネタだが。
うっさいわ、と恥ずかしそうに若干頬を赤らめ返してくる優人。ツッコミを入れられて恥ずかしがるところからすると、ボケたというより天然だった様だ。
それにしても、息が上がってツッコミを入れるのも一苦労だ。まぁ、ツッコミに躍起になることも無いので、これ以上苦労を積み重ねなくてもいいのだけど。
結局ボクは、小学生の時に優人に受けたアドバイスを活用出来なかった。
対戦する相手が試合中に見せる癖なんて本当に気づけるだけで奇跡的なんじゃないかと思ってしまうぐらい小さなものだ。
優人に言わせれば、誰々は相手を抜こうとする際に抜く方向の肩が下がる、だとか、誰々はボールを取りに動こうとした際に若干頭が上がる、だとか。
癖に気づき、癖を利用して予測して先手を打つ。小学生時代の優人は容易くそう言ったが、不器用なボクには無理難題だった。
何度と対戦している相手だとしてもしっかりとした観測が必要な方法で、深く見る事を得意とする優人にはピッタリの戦略だったがボクには合わなかった。
それからすぐにボクはその方法を諦めて、ボールの動きだけをがむしゃらに追う形のディフェンスに定着した。
「ボクの、癖って、何だよ?」
荒れる呼吸に言葉が途切れ途切れになる。
「そんな質問答えると思うか? オレら今ボールの取り合いしとる最中やろ。敵に手の内見せるなんて、アホのやることやで」
「深見優人と書いて、いい奴って、読むんだとか、言ってなかった、っけ?」
「アホか、いい奴とアホは全然別もんやろ」
でもまぁそうやな、と続け優人は何かに頷いてから右足でボールを止めた。ボールを奪いに行くチャンスの様で、実はまったくチャンスではない。右足でしっかり踏みつけられているボールは、ボクが動こうとした瞬間にまた転がり出すだろう。
「教えたるわ、お前の癖」
「やっぱり、いい奴、なんだな、お前は」
優人が動きを止めてくれたのは、ボクにとってとてもありがたい話だった。今のうちに呼吸を整えておきたい。
ちらっと公園の時計に目をやれば、分針は4のところに差し掛かろうとしていた。
やっと、二十分。正直、ボクはそれの何倍もの疲労感を感じている。
優人にはきっとウォーミングアップ程度なんだろうけど。
「オレがいい奴なんわ間違いないけどやな、癖なんて教えても実際大した事やあらへんからな」
「何だよ、実力の差が開きすぎだから関係無いってのか?」
「それもあるにはあるんやけど……お前な、癖なんて指摘されて何の弊害もなく修正できるとか能天気な風に思うてんのか?」
何度目かのため息を優人は吐いた。ため息は吐けば吐くほど老けていく、と昔誰かに教わったのだけど何だか悔しいので教えてやらない事にした。