第四十五話 ごてのせん
それにしても、優人の言うことはもっともだ。
何度とそう思ってしまうのは正直悔しいのだけど、こうして目の前にあるボールに少しも足が触れないままであるとそうも思ってしまう。早くも心が折れてしまったというわけではないが、少しも足が届かない自分の不甲斐なさには苛立ってはいる。
まっすぐ、ただまっすぐ、ボールだけを追いかける。それが相手の動きに惑わされずボールを奪う基本だ。
そう教わって、そう闘ってきた。それで勝ち取ってきた。
ただ、今はそれでは通用しない。
根気勝負と言っても勝ち目がまったくないのであれば、それはそもそも勝負として成立していない。
このままただ優人のボールコントロールを前にして右往左往しているだけでは、気持ちがどうこうの話ではない。敵を前にしてその闘いの舞台にまで上がれてない状態だ。
何か策を考えないと。必ず、何処かしら、きっと、多分、何かしら、策があるはずだ。
息が上がって、頭がちゃんと回らない。
大体ボクはディフェンスが苦手だから、相手からボールを奪うとかにアイディアが浮かんだ事がないんだ。
いや、ちょっと待てよ。
確か昔、大分と昔に同じ事につまづいた事があったはずだ。
味方からのパスを受け取りドリブルで運びシュートしてゴールを決める事だけに専念してた、あの頃。
そう、小学生の頃だ。
そうだ、小学生の頃。
まだ、ちゃんとポジショニングなんか考えもしないでがむしゃらにボールだけを追いかけてた頃。ボクはディフェンスをちっとも出来なくて仲間内で文句を言われてしまって、ショックを受けてた。
それからディフェンスの練習をしたけど、下手くそだから全然上手く出来なくて……だから、優人に聞いたんだ。
そうだ、あの頃からディフェンスが上手かった優人に聞いたんだ。ディフェンスのやり方を。
「目でボールを追ったってさ、追いつけない事の方が多いんだよ。だって、追いかけてるんだからさ」
何だかとんちみたいな事を言われて、ボクはぽかんと口を開けていたっけ。
あの頃はまだ優人は大阪に行く前だから、今みたいにベタベタな大阪弁じゃなかった。
「ディフェンスはさ、後手になりがちなんだよ。だから、追いかける事になっちゃう。それで追いつけるならいいけど、追いつけないなら違う方法を考えないとさ。要は、後手にならないように先手を取るんだ」
夕陽がかかった小学校のグラウンド。その広いグラウンドの隅に古びたサッカーゴールがあった。白い塗装が剥がれて赤錆が目立っていて、ゴールネットはついてなかった。
体育の授業用の新しいサッカーゴールは上級生が使う暗黙のルールがあって、下級生だったボクらは仕方がなくその古びたゴール一つを使ってサッカーを練習していた。
ボールさえあればサッカーはできる、と偉い人が言ってたっけ。
ボクらは古びたゴールだってお構いなしに、がむしゃらに無邪気にサッカーを楽しんでいた。
当時優人はボクより背が低かったりしたが、でも今と変わらない笑顔で今と変わらないサッカー少年だった。
運動向きの半袖半ズボンは泥だらけで、泥だらけのボールを脇に抱えていた。
「先手?」
ボクは優人の言葉がちんぷんかんぷんで問い返した。ちんぷんかんぷん、っていうのが何だか呪文みたいだなぁ、とこの頃から思っていたけど今思い出すべきはそこではない。
「そう、先手。って言っても、とりあえずムリヤリ取りに行くってわけじゃないぞ」
ボクが言いたい事を先に言われ封じられた。
なるほど、先手か。
「相手の次の動きを予想するって事?」
「予想とは違うなぁ、えーっと、予測、だよ。相手の動きを見て予測するんだよ」
予想と予測の違いがわからなかったボクは、そもそも予測の測の字がどんな字だったかで悩んでいた。
当時は、残念な学力の新木、で名が通っていた。……という設定は特に無い。
予想と予測。似ている言葉だけど、予め想うのと予め測るのでは全然違う。
「相手の動きを見てからじゃあ後手じゃない?」
「ごてのせん、だよ」
「五手野線? 電車に乗ってどこかに行くの?」
「何で電車が出てくるんだよ!? そんな線路聞いたこと無いよ」
駅弁を食べてパワーアップ、という素敵な想像が浮かんでいたが絶対に関係無いだろうから口に出すのを止めた。
「違うよ、さっきから後手先手って話してるんだからわかるだろ? 後手の先。宮本武蔵、知らないのかい?」
宮本武蔵と言われて思いつくのは二刀流ぐらいで、この時は五輪の書だとか巌流島の闘いだとかもよく知らなかった。宮本武蔵って二刀流の侍と、佐々木小次郎って長い刀を持った侍が闘う。というのを何かの漫画で見たぐらいの知識。
「相手の動きを見てから先手を打つ、って事?」
「そういう事」
ボクの言葉に優人は深く頷いていた。




