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第三十三話 こっ

 ゴホン、と咳を一つ。


「早恵、その当時の彼氏にこっぴどいフラれ方をしたらしくてね」


「こっぴどいって何ですか?」


「プライバシーだから、詳しくは言わない」


 ボクの答えに樹下は首を振る。彼女の話とはいえ、ここにいない人物のプライバシーを探るのは少し無粋じゃないだろうか。


「いえ、“こっぴどい”って何ですか? 酷いはわかるんですが、“こっ”って、どういう意味の強調ですか?」


 疑問、そこかよ。


 ボクはめんどくさくなったので、わざとらしく眉間に皺を寄せ樹下を一瞬睨んだ。あ、やっぱいいです、と樹下は右手を横に振り先ほどの質問を無かった事にした。


 やはり、眼力というのは凄い力だ。眼は口ほどに物を言う。偉大な先人の言葉が胸に突き刺さった。



 話を戻して。


 泣いてる早恵を見て、ボクは何だか焦ってしまった。また何かを失う気がして。


 このままだと彼女が目の前からいなくなってしまう気がして、ボクはとても不安になった。


「不安を拭ぐいさる術がわからなくて、とにかくボクは彼女を抱きしめた。白くなった頭の中から、必死にそうする事の理由を選んで説明した。何を言ったのか、何を言われたのかはよく憶えてないんだけどね」


 その時の事は、早恵も話しはしない。というか、聞いてみた事がない。


 ボクがその時どう言ったのかを改めて聞くなんて、こっ恥ずかしい。


 あ、また“こっ”って付いた。“こっ”には一体どんな効力があるのだろうか。


 そんな事はどうでもいい事なんだけど。


「それで、先生とさっちんは付き合うワケですか?」


「いや、実はまだ付き合わないんだけど……。ていうか、さっちんって何だか馴れ馴れしいな。本人不在だからって会った事も無い人間に失礼じゃないか?」


 さっちん、なんて呼ばれると昔のアイドルの片割れみたいだな。ボクもそんな呼び方した事無い。しようとも思った事が無い。


「不在だから言えるんですよ。私って人見知りが激しいので、本人を目の前にしたらそんな呼び方できませんよ」


 今まで会話してきて、樹下桜音己が激しい人見知りだという事実は意外にも程があった。


 しかし、その激しさが攻撃的な激しさとかだったら若干ながら納得できる。むしろ、そうでもないと納得できない。


 ああでも、納得云々とかよりも今は一言。


「いるいない問わず、さっちんは止めてくれ」


 早恵の事なのに、何となくボクが恥ずかしい。


「そんな事より先生、付き合わなかったんですか? ……え? もしかして、今までの話は先生の妄想話だったんですか?」


 さっちんの件が“そんな事”扱いな事に言及すべきか、ボクの話が妄想扱いになってる事に反論すべきか、全てを無視して話を進めるべきか。面倒だからここで話を切り上げるべきか。


 イチオシは最後の案だが、そうすると後からより面倒になりそうだし妄想という誤解をされたままになりそうだから、ボクは大人として穏やかな態度で質問に答える事にした。


「うるさい、黙って聞け」


 鳩が豆鉄砲食らった様な顔、というのをよく聞くが実際そんな顔を見る機会は少ない。が、この部屋では何度か拝見させてもらっている。


 今も目の前に座る樹下はいかにもな顔をしており半開きになった口は、ポロッポー、と今にも鳩の鳴き声を真似しそうだ。


 ボクの知る大人というヤツは、高慢で横柄な人物が多いためついつい真似て口走ってしまった。言葉通り静かになったので話は進めやすくなったが、イメージ的に最悪なのでボクはすぐにも訂正する事にした。


「悪い、つい本音が出た」


 このフォロー下手め。我ながら悲しくなるわ。


 樹下の機嫌とボクのイメージ、両方の回復の為に五分程費やした。


 ボクのイメージはよくよく考えたら今のところジゴロ扱いか肉食系受験生なので、回復に努めるべきだったのかはよくわからなかったが、とりあえず暴力的な家庭教師だというイメージだけは避けたかったからフォローに徹した。


 話を元に戻す。


「ボクと早恵はすぐには付き合わなかったんだ。ボクの大学入試が上手くいってからって事になったんだよ」


 フォローは不完全だった様で、樹下は怯えた感じでボクの言葉に頷いた。


 声を出そうともしない。まるで、震えた子犬みたいだ。亀だったり鳩だったり犬だったり、忙しい娘だ。


 ビクつかれて話を聞かれたら、何だかボクが無理矢理恋愛話を聞かせてるみたいだ。それは嫌な誤解だ。


 ボクは一方的な会話にならないように、震えて声を出そうとしない樹下の言葉を待った。


 少しだけ間が空き、樹下が口を動かす。


「にゅ、入学の御褒美は私よ、う、ウフフ。って、事ですか?」


 声を震わしながらボケられるとツッコミにくい。後輩芸人にネタを強要する大御所芸人になった気分だ。決して無言で恫喝するヤのつく職業の人ではない。

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