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第二十六話 猿は犬を想う

「申し訳ないが、そういうの苦手なんだよ。君の名前を出して直接聞くとかじゃダメかな?」


 スパイなんて変化球じゃなく、猿渡美里らしい直球勝負。


「ダメですよ。それで聞けているのなら、もうとっくにこの話は解決してます」


 それもそうだな。直球勝負を受けてくれないから、猿渡美里はボクにスパイ要請してるわけだ。


 樹下桜音己は、来た球を全て見逃しているんだ。それで三振を取られてアウトになろうとも、彼女には関係無い。そもそも塁に出る気がないのだから。


「じゃあ、何か心当たりとかないかい?」


 スパイ任務は断ったのに、関わろうとしてしまうのがボクのダメなところだ。でも、スパイよりは探偵まがいの方が性には合ってる。カマをかけたりして話を強引に出させるよりは、チマチマと話を自主的に話させる方が気分はいい。


 うーん、と唸り猿渡美里は天井を見上げたり、足下を見たりと忙しなく頭を動かす。心当たりを捻り出しているのか、首の運動を突然始めたのか。


「実は私、ヒデちゃんの事が好きなんです」


 猿渡美里の心当たりは、突然の告白として発表された。


 ボクは、猿渡美里の告白に頷く事しかできなかった。ああ、そうなのか、頑張って、と色々と言葉は浮かんだが、何より頭の中を占領したのは、彼女の意中の彼。


 本日不在の水泳少年、犬飼英雄。その彼の意中の人は、一度会っただけのボクでもわかる。


「そうなんですよね。ヒデちゃんは、ネコが好きなんですよ」


 ボクが頷くだけで黙っていたのを汲み取ったのか、猿渡美里はボクの心を見透かす様にそう言った。


 しかし、そうなると辛いのは猿渡美里だろうか、樹下桜音己だろうか。


「ネコは、きっと私に気を使っているんだと思うんです」


 猿渡美里は、寂しそうにそう言った。その寂しさは、犬飼英雄に向けられてなのか、樹下桜音己に向けられてなのかはわからない。


「ネコは、ちょっと変わってるんでマイペースに思われるタイプなんですけど、名前通りの子なんです」


 名前通りの子? 桜の樹の下で己が音で舞う子、だったっけ。


 何だかマイペースな感じを全面に出している気がするが?


「結局、観客がいるから舞いってするもんなんですよ。ネコも、常に周りを気にしてる。他人を気にしすぎるんです」


 だからネコは引きこもったんじゃないかと、と猿渡美里は寂しそうに呟いた。

 

 少しばかり沈黙が流れる。


 呟いたきり、猿渡美里は地面を見つめていた。ボクは、そんな猿渡美里を見たり玄関口から暑そうな外を見たりしている。


 今は、いつも通りの時間に訪れたから大体午後二時過ぎぐらいだろうか?


 外はどうみても、灼熱地獄だ。アスファルトの道路から湯気がたっていて、その上を汗だくのサラリーマン達が歩いていく。


 昼間に買い物を済ます奥様方も、日傘をさして歩いてるが、下から来る熱気には対応しきれてなさそうだ。


 自動ドア一枚挟んで、ここは別世界の様に涼しい。冷房様々だな。やはり、ボクの家の冷房も買い換えを真剣に検討しなければ。


「あの~新木さん、何か言ってもらえませんか?」


 暇をもてあそばしてたボクの頭に、猿渡美里の声が入ってきた。


「何かと言われてもなぁ……」


 何かって何だよ?


 人様の恋愛事情に首を突っ込める程、ボクには恋愛経験は無いんだ。


「正直、まだ出会って二度目の女の子に赤裸々な告白をされて困ってる」


 とりあえず、本音を言うことにした。


「はぅ、これが若さ故の過ちというヤツですね」


 はぅ、というマンガみたいなリアクションにツッコむべきか。


 何処かのエースパイロットみたいなセリフにツッコむべきか。


 あれ、ツッコミばっかり考えてないかボク。


「あれ、いつもネコがよく言うものだから使ってみたのですが、使い方間違ってました?」


「いや、使い方は間違ってないと思うよ。頻繁に使うような言葉ではないけどね」


 やはり、樹下桜音己か。


 頻繁に過ち犯してるんだったら、それもう若さだけが原因じゃないじゃないか!?


 と、力一杯ツッコミを入れたかったが本人はここにいないので、心に念じるだけにしておこう。


 しかし……若さ故の過ち、か。


 そういえば、その過ち相手は今日は何故いないんだろう?


「ところで、犬飼君は今日はどうしたんだい?」


「今日はどうした?、と言われましてもいつも一緒ってわけでもないんですよ」


 猿渡美里は、顔を赤らめながら首を横に振ってそう言った。何か恥ずかしい事を言ってしまったのだろうか?


 単純に、幼なじみだから知ってるんじゃないかと質問しただけなんだが。意識のしすぎだな、何だか微笑ましいウブさだ。


「ヒデちゃんは、今日は部活です。夏はシーズンですから、水泳部は忙しいのです。ちなみに、私は今年も甲子園に行けず部活が休みになりましたので、暇をしております」


 犬飼君の情報と共に、何だか切ない猿渡美里の情報まで教えてもらった。

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