第二十五話 スパイ大作戦
しかし、出会って二度目で親密さを求めてくる幼なじみの家庭教師を受け入れてしまうのも問題ありだな。
猿渡美里は、率直に可愛いと思う。
野球少女というスポーティーな日焼けをした肌から滲み出るというより溢れ出る爽やかさが、非常に好印象を持てる。
それに今日は、前回のTシャツ&ジャージ姿と違って、私服なのか黄色いキャミソールとジーンズのショートパンツ。
ああ、ホットパンツって言うのかな?
かなり短めで、本当にパンツみたいな役割しかしてないぐらいだ。冷房が程よくかかったロビーじゃあ、少し肌寒そうにも見えなくもない。
それにしても、かなり大胆不敵だな、猿渡美里め。
かといって、夏だからって大胆不敵を気取ってるわけではなく、足下のピンク色のビーチサンダルが何とも可愛く、いい意味でバランスを取っていた。
露出した肌は、健康的に日焼けしていて褐色。
肩には日焼けしてない部分が僅かだがある。
いわゆる水着焼けってやつかな。
ジロジロと見られている事に気づいたのか、猿渡美里は少し困惑した表情を見せる。
見せる、が抗議はしてこない。
いけない。何かと無防備じゃないか、猿渡美里。
ここは一教師として、一年歳上として、無防備ぶりを指摘してやらないといけない。
まぁ、新人家庭教師なんだけど。
「それでは改めて。新木さんはネコから何かを聞いてませんか?」
ボクが教育的指導を口にする前に、猿渡美里がそう言った。
この質問を無視してまで教育的指導をする必要性だとかは無いので、ボクはそれに答えることにした。
彼女の今後は多少心配だが、犬飼英雄を投げ飛ばしたのだから大丈夫だろう。
そういえば、今日は犬飼英雄の姿が無いな。
「樹下さんからは何も聞いてないよ。その事に関しては話したくはないみたいだ」
出会った初日以降、ボク自身からも樹下桜音己の引きこもりに関しては触れようとはしなかった。人の秘密事に触れるのは得意じゃない。
「そうですか……じゃあ、やっぱり……」
猿渡美里はそう呟くように言うと、意を決したようにボクを見つめてきた。
先ほどの上目遣いでも、困惑した目でもなく強い意思が込められた瞳。
今度はボクが困惑しそうだ。女の子にこんな瞳で見られる事なんてそうそう無い。
「新木さん、お願いします。スパイになってください!」
ボクは何よりその言葉に困惑した。
「スパイ?」
ボクは、思わず聞き返していた。
あまりにあまり、突飛すぎる発言に聞き返えざるを得なかった。
まさか突然、スパイを懇願されるとは。
スパイに勧誘される事なんて、物語の中でしか起こりうる事が無さそうなのに。
大学生で家庭教師、しかしその実態は……スパイ。
うん、なかなかいいじゃないか。
「そうです、スパイです。FBIみたいな、スパイです」
……FBI?
「いやそれ、連邦捜査局っていって逆にスパイ捕まえる側だから」
「そうなんですか?」
猿渡美里は、本当に知らなかったのか不思議そうにこちらを見ている。
何だかまだ、ふに落ちていないようだ。
何だろう、映画等で出てくる活躍する組織の事を、全部FBIだとでも信じ込んでるんだろうか?
本当はFBIにも面倒な規則があって、映画の様にド派手に活躍はできないなんて伝えたら、ショックで倒れるんじゃないだろうか?
あとあんなに熱心に宇宙人の事ばかりを調べているとは思えない。
まぁ、そんな事はどうでもいいんだが。
「スパイの事を言うなら、CIAとかKGBが妥当だと思うよ」
「ああ、なるほど、わかりました。AKBとかですね」
「うん、それはもうまったく、かすれもしてないね」
確かに大人数の組織のようなアイドル団体だが、彼女らが何かのスパイだとするとアイドルオタク達へのスパイだろうか。
それが何の意味のスパイなのかは、知るよしもないし、知る気もないが。
喩えが何一つ上手くいかなかった事への苦悩か頭を抑え、うーん、と唸る猿渡美里。
流石に樹下桜音己の幼なじみと言うべきか、猿渡美里もやっぱり少し変わっているようだ。
「それで、スパイって何の事だい?」
あまり唸り出すと、誰かの様に出産の真似事をしだす恐れがあったので、ボクは合いの手を入れてやる事にした。
質問は、物事をスムーズに進ませる有効な手だ。
いつかの暑い日に、迷ったボクはそれを理解した。
「あ、はい。あの、新木さんに家庭教師の授業中にそれとなく探ってほしいんです」
なるほど、ボクの苦手ジャンルに直球勝負と来たか。
流石、野球少女。
スパイなんて簡単になれるもんじゃないな。
何より、ボクには不向きだ。