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第二十三話 彼女の機嫌

「飲み過ぎだよ、早恵。何かあったのかい?」


「なにかあったのかい?……」


 おうむ返しをして、早恵はボクを睨んできた。


「なにもいわなかったんでしょうが!」


 暴れるようにしてボクを振りほどき、早恵はボクを何度も叩いた。


 痛くはなかった。


 文句も言えなかった。


 何故怒っているのかが、何だかわかってしまったから。


「きょうは、あきらくんのおひろめだったんだららっ。わたしにはかれがいますって、おひろめだったんだららっ」


 ろれつの回らない早恵の言葉は、しかしボクにははっきりと伝わった。


 狼達への宣言。


 それがボクの役割だった。


 早恵への宣言。


 それがボクの表明だった。


 どっちもボクは出来なかったし、しようとしなかった。


 ボクは、狼達の敵だとも、早恵の恋人だとも胸を張って宣言しなかったんだ。


 宣言する事を避けたんだ。


 だって、勇気が無いもの。


 だって、自信が無いもの。


 狼に立ち向かう勇気も、とって変わられないという自信も。


 早恵の隣にいつまでも居てられるという自信も。


 ボクにはずっと無いんだから。


 言えるはずもない。


「せかいじゅうをてきにまわしても、ぼくはさえをあいしてりゅ。ぐらいいいなさいよ、このへっぽこぉ」


 早恵は右手でボクを指差してそう言った。


 左手は腰に添えられていて、綺麗なポーズになっていた。


「ごめんなさい」


 恋愛ドラマでも言いそうに無い名台詞をボクの口から発するなんて、到底無理だ。


 あとへっぽこって文句を言われても、へっぽこの意味がよくわからない。


 でも、彼女からへっぽこなんて罵られると、何だか心が痛かった。


 へっぽこって危険な言葉だな。


「……もういい。いわないんなら、かえる」


 綺麗なポーズを解いて、早恵はフラフラと駅に向かって歩きだした。


「お、送っていくよ」


 ボクは慌てて後を追いかけた。


 早恵は不機嫌丸出しで、近寄ったボクを押し退けて来たがここは退いてはならないと、フラフラの早恵に強引に肩を貸した。


 ただ、一つだけ疑問がある。


「早恵の家、こっちじゃないでしょ。近くなんだし、電車に乗る必要ないじゃないか」


「うちにはかえらないの。あきらくんちにかえるの」


 それは帰るとは言わないんじゃないだろうか?


 同棲してるわけじゃないのだから。


 早恵の家はこの近辺にある。行ったことはないのだけど、早恵にステップを紹介された時についでに紹介された。


 早恵も一人暮らしなのだが、部屋が汚いとかなんだかんだと理由をつけてはボクを部屋に入れようとはしない。


 普通なら、ここで浮気の疑いを持つらしいが、ボクはそんな疑いは持たない。ボクは早恵を信じているし、疑うなんて事をしたくない。


 きっと早恵が言う通り、見せたくない程部屋が散らかっているのだろう。ボクや樹下桜音己のような殺風景な部屋ではなくて、なんだか賑やかな部屋なんだろう。


 酔っ払いの早恵に、どんな事を言ったって聞く耳持たずで、二人の足は駅へと進むばかりだ。つまり、酔っ払いの介抱はボクの家でやる事に決まった。


「よぉーし、えきまできょうちょうだぁ!」


 強調?、何を強調するんだろうか? 早恵の部屋の散らかり具合か?


 いや、協調か? ああ、二人三脚で行こうって事か。


 早恵はボクをまたもや振りほどいて、駅に向かって走っていった。ああ、競争ね。


 納得してる間にも、早恵はどんどん先へと駆けていく。ボクも慌てて追いかける。


 夏の夜風が涼しくて心地よかった。ネオン輝く繁華街が後ろへと流れていく。


 街中で女性を追いかけてる姿は少し怪しいだろうか。それなら、笑いながら走る早恵はもっと怪しいだろうな。


 もう帰るだけだから、汗の心配も無かった。心配なのは、前を走る酔っ払いの事だけだった。


 駅に着いて、プラットホームの座席に二人並んで座る。


 少し息が切れる。暫く運動していなかったからかな。すっかり身体が鈍っているみたいだ。


 帰宅ラッシュを過ぎたのか、客の姿は疎らだ。この時間帯ぐらいから、電車の本数も減って次の電車も十五分程待たないと来ない。


 早恵は疲れたのか急に静かになった。座席にもたれ掛かってグッタリしている。


 美人はグッタリしてても美人だ。グッタリ美人。


 いや、そんなコピーをつける程ではないか。


 早恵が何も喋らないので、手持ちぶさたになりポケットから携帯電話を取り出した。メールのチェック。


 案の定、樹下桜音己からメールが五件。うち四件は当たり前のように脈絡の無いボケだった。


 こちらからの返信も無いのに十分おきにメールが来ている。最後のメールはつい先程来たようだった。



FROM:樹下桜音己


SUB:もしかして



今度は放置プレイですか!?



 女子高生が放置プレイとか言うな、はしたない。


 大体、メールでボケを送ってきているんだから、リアルタイムにツッコミを期待する方が間違っているんだ。そういうのは携帯電話依存をしてる証拠で、リアルタイムでツッコミが欲しいなら電話なりなんなりしてくるがいい。そんな電話出たくないけど。


 という旨をメールで送り返した。


 また樹下桜音己が不機嫌になりそうな気がしてきた。


 リアルタイムじゃないツッコミは、単なる文句や苦情みたいに見えてしまうのが難点だ。ボケに鮮度が肝心なら、ツッコミも鮮度が肝心なのだ。


 ……等と、ツッコミに関してほんの少し熱く考え込んでいたら、電車到着を告げるガイドメロディーが聞こえてきた。


「早恵、起きろよ。電車来るよ」


 ボクは早恵の肩を優しく叩いてみた。


 揺さぶって起こそうと思ったが、相手は酔っ払いだ。余計にアルコールが回っても困りものだ。


「うぅ、きもちわるい。あたまがぐらぐらするぅ」


 急に走り出すからだ、酔っ払い。


 電車が到着した。


 冷たい夜風がホームに吹き抜ける。


 車掌のアナウンスが聞こえる。


 ホームにいた疎らな客達が、車内にいた疎らな客達と入れ替わる。


 車掌のアナウンスがまた聞こえる。


 ホームにガイドメロディーが流れる。


 電車が発車する。


 ボクらはホームの座席に並んで座ったままだった。


 早恵の酔いがもう少し醒めてからでいいか、と思ったからだ。


 携帯電話が、う゛ぅう゛ぅ、と鳴る。


 樹下桜音己からのメールだった。


 どうやら今日は機嫌を損なわなかったようだ。

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