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第八話

「最初に方士の皆様にお話した通り、私たちは普段と変わらず穏やかに夜を迎えました。その日は陛下のお渡りも無く、急ぎの用事もありませんでしたので」


「あの晩に方士さまがいらしていたことは朱妃さまもご存知なかったように、私たちは誰も知りませんでした。朝になって発見されてからはもう大変な騒ぎで」


「一体誰が方士さまを呼び出したのかも分からず、何が起きているのか私たちもまだ上手く飲み込めてないのです。本当に、どうしてあんなことになったのか……」


少女たちは順番に語り始める。

今のところは黎心から聞いた通り、月照宮の人々に特に怪しいところはなさそうだ。


「皆さん、静影との面識は?」


「どうでしょう……中には知り合いの人もいたでしょうが、私たちには分かりませんでした。せいぜい、儀式の際にお見かけしたことがあるかないかぐらいでしょうか」


「そうですか、犯人と想定される人物は静影に深い恨みを抱いているようでしたので、少しでも関係のある人物を探せればと思ったのですが、やはりそう簡単には見つかりそうもないですね」


「文を送った宮女が誰なのか、こんなに真相が見えないなんてやっぱり不可解ですよね。むしろ、本当は文を書いた宮女なんてどこにもいなかったとか」


「そうそう。呪詛なんて恐ろしいもの、私たちには扱えませんよ」


ねぇ、と少女たちは顔を見合わせる。

面識は無い。呼び出した宮女の見当もつかない。

共にこの宮で暮らしていても全く分からないとなると、確かに元々その宮女などいなかったと考えられてもおかしくはないだろう。

この場合、月照宮への疑いの視線を逸らしたい、というよりも彼女たちにも分かっていないと言った方が正しい解釈だ。


(もちろん、黎心たちはその可能性も考慮した上で月照宮を疑っているのでしょうけど)


それから、公主はあれこれと話を聞く。

どれもこれも既に聞いたような話ばかりで、目新しい情報は特にない。

黎心もそれは同じようで、ひとしきり話を聞き、現場をもう一度探索したりするも、時間だけが過ぎていくだけだった。


「やはり特に変わってはいませんね。戻って方針を練り直しましょう」


「そうだ、先輩。見てくださいよ、この牡丹」


帰ろうとする黎心の裾を引っ張って、庭園に顔を向けさせる。


「これは、なんとも美しい……」


夕日に照らされた水面が煌めき、牡丹の花々を鏡写しにしている。

いつの間にか徐々に空が赤くなり始めていたようで、もうすぐ日暮れだった。

夢の世界で見た牡丹は紫色だったが、こちらは鮮やかな赤色でこれも美しい。

朱妃の庭園らしい華やかな色彩と言えるだろう。


「ここの牡丹の花は翠玲が育てているんですよ。見事でしょう」


未だに見学していた侍女たちの中から、一人の少女がずずっと肩を押されて出てきた。


「あなたが手ずから?」


そう聞いた黎心を見上げながら、翠玲という名らしい彼女は照れたようにはにかむ。


「は、はい。元々造園に興味がありまして、ありがたいことに朱妃さまに花の管理を任せていただけたのです」


侍女の仕事では無さそうだが、ここでは朱妃が全ての規則だ。

彼女が良いと言えば全て良しとなる。

だが、いけ好かない朱妃の宮であっても、この庭園だけは澄んだ空気に満ち溢れているようで心地良く感じられた。

最後に公主がここへ来た時には、無かったものだ。


「どうして牡丹の花を植えようと思ったんです?」


何気ないことのように公主が聞くと、翠玲は伏し目がちに答えてくれた。


「故郷の花なんです。私の故郷はもうあまりませんが、色は違ってもいつでも景色を思い出せるようにしたくて」


「そうでしたか、それは素晴らしい。美しい庭園は人の心を和ませるものです。あなたがこの宮の空気を和らげていたのですね」


「そ、そんな言い過ぎですよ……!」


否定しつつも、翠玲は頬を赤らめて喜んでいる。

他の侍女二人も、翠玲によかったねと声をかけて自分のことのように喜んでいた。

仲間の功績が認められるのは嬉しいことだろう。

年相応の少女らしい姿は、なんとも微笑ましいものだった。




「公主様、一つよろしいですか」


月照宮を出て早々に、黎心の表情が変わる。

演技は終わり、公主も柳天瑛ではなく白雪公主に戻る。


「俺は月照宮の人々に、静影が呪詛をかけられたなど一言も言っていません」


予想通りの言葉に、公主はくすりと笑う。


「私も一ついいかしら」


月照宮での調査では何も収穫がなかったというのは、表向きの話だ。


「泉郷に縁があって、柳家に恨みを持っていそうな人物、一人いたわね」


公主たちは着実に真相への手がかりを掴んでいた。

既に疑念は確信に変わりつつある。

この件が呪詛であると言及したもの、故郷の花が牡丹であるもの、そして柳天瑛の術で娘たちが歓声を上げる中、たった一人だけ違う顔をしていたもの───────。


「いやしかし、もう用もないから適当に仕事してるフリだけしたかったのに、ずっと見学されるとは」


「でもそのおかげで、十分な確信が持てたでしょう」


「まあ、確かにそうですね。ただ問題はこれからですね。確かな証拠を集めなければ、言い逃れをされて終わりですから」


「そうね。まさか夢の世界で見たことを手がかりに、なんて言ったって普通の人は信じないもの」


これらは夢の世界をきっかけに導き出した答えであり、経験していない他者にはうまく繋がらない話になるだろう。

黎心が偶然にも夢の中に入り込めただけで、他はそうとは限らない。


「それに、あの宮女が呪詛を扱えるという証拠も必要になりますね……」


彼女はどう見ても普通の少女にしか思えなかった。

そんな娘をいきなり呪詛を使っただとか言って捕らえようなどすれば、こちらが悪人にしか見えない。

一体どんな術で柳静影の魂を縛り付けているのか分からないが、易々とできることではないことは分かっている。


「ま、その辺は兄様になんとかしてもらいましょ」


「ちょっ、いくらなんでもそれは」


「いいのよ。どうせ背後には『彼女』がいるんだから。それより探すべきは、あの娘の過去でしょうね」


丸投げ宣言をした公主に納得はしていないようでありつつも、黎心は同意する。


「ですが、我々の調査では彼女に不審な点はみられませんでしたよ。より詳しく捜査をするしか……」


「いいえ、その必要は無いわ。やることは一つだけよ。自分から白状してもらえば良いだけのことだわ」


「……え?」


思わぬ発言に黎心はぽかんとした。

妙に大人びたその表情の真意が読めない。

公主はそれに構わず、たたっと駆け出していく。


「さ、帰るわよ。帰ってお昼寝しましょ」


「もう夕方ですよ」


「いいの!今日はたくさん働いたんだから、たっぷり休まなきゃ気が済まないわ」


振り返れば、ゆっくりこちらへ歩いてくる黎心と、その姿を照らす夕日が。

黎心には聞こえないように、公主はこっそり小さく呟いた。


「……本当に、もう二度とここの土を踏むことはないと思っていたのだけれど」


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