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神、守ります  作者: 比賀 彌
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九月七日

 遼はこれから入る部活を決めるため、すべての部活動を見て回る部活動見学をしたようだ。学年主任の舟山先生に連れられ、いろいろな部を回ったのだろう。至誠館に入ってきたのは、部活終了二十分前。そこから隣で活動している卓球部と柔道部を見学したおかげで、剣道部に来た時には、最後のあいさつをする時分になっていた。

 遼は一番後ろの列のさらに後ろにぽつんと正座をしている。

「先生に礼」

「正面に礼」

 崇史の号令が終わった後、白石先生の話が始まる。平日なので、グレーのジャージに水色のポロシャツを着ている。

「はーい。津島神社の神前大会の参加申込書を渡します。希望の人は今週中に私の所までお金を添えて申し込んでください」

 私が全員に用紙を配った後、

「出すの、遅れないでね」

 にっこり笑う。この言葉と表情は女の子の私から見ても本当にかわいい。その後、表情を引き締めていつもの決めぜりふを言う。

「これで練習を終わります。ありがとうございました」 

 部員も声を揃えてあいさつをし、練習が終わる。

 着替えを済ませた崇史を待って至誠橋へ向かう。今日はまだ下校の一曲目が終わったばかり。慌てる必要はない。余裕だ。至誠橋の手前で遼の姿が見える。

「ちょっといいか?」

「何?」

「津島神社神前大会って、昨日、栞が言ってたあの大会か?」

 三人で至誠橋を渡ると、歩きながら話を進めていく。

「うん、そうだよ」

「そうか。こっちでもそんな神様の前でやる大会があるんだ。なんだかわくわくするな」

「遼は、神前試合って出たことあるのか」

 崇史の問いかけに、遼は夢中になって答える。

「こっちに来るまでは、近所に神社があってな。そこの神社で毎年、神前大会が開かれてた」

 遼はさらにまくし立てるように話し続ける。

「境内に板をざざーーっと並べて試合会場を作るじゃろ。ほうするとなんか本殿とか神楽殿に上がって試合してるような感覚になると。そりゃあー、ええ気分になるで。その神前大会で優勝したこともあるんでよ」

 遼の眼が、昨日にも増してキラキラと輝いている。

「栞、この大会、俺、出場できるかな?」

「まあ、個人戦だから。大丈夫のはずだと思うけど」

「明日、申込書をくれよ」

「うん。明日、白石先生からもらっておくわ」

遼が剣道部に入りそうな雰囲気が感じられて嬉しい。

「ところで遼は、神社とかお祭りとかに興味あるのか?」

「いや、取り立てて好きとかじゃあない。普通だよ」

 崇史の問いに遼は事も無げに答える。

「でも、昨日も山車のこといろいろ聞いてたじゃない」

「えっ?でも、そんなこと気になるじゃろ、普通」

 遼は真顔で答えている。

「いや、そんなの俺たち中学生はほとんど興味ないぞ」

「いや、いや。それくらいは知らんとあかん」

 遼は崇史に向かって向きになって力説する。

「じゃあ、津島神社のご祭神くらいは知ってるよなあ」

「え?ご祭…。ご祭神?」

 崇史と私は顔を見合わせながら、首をかしげる。

「素戔嗚尊だよ。」

「スサ…なんて?」

「スサノオノミコト。知ってるだろ?」

「なんとなく聞いたことくらいは…」

 崇史はなんとか話を合わせてみるのが精一杯だ。

「崇史は神様に全然信じないから、知るわけないじゃん」

「そ、そんなこと…」

 それを聞いていた遼がさらに問いただす。

「古事記って知ってるか?」

「まあ、それは…授業で聞いたことはあるよ」

「そこに出てくる英雄だよ、スサノオノミコトは。アマテラスの弟でもある」

「え、う、…」

私たちは目を白黒させている。下町の交差点を過ぎて、さらに進む。

「あっ、俺ん家、こっちだから」

 右手のひとさし指で方向を示すと、右に曲がる小さな路地を走って帰っていく。そして一度振り向くと私に向かって念を押す。離れていてもはっきり聞こえる大きな声だ。

「栞、申込書忘れずにもらっておいてくれよ、頼むぞ」

。崇史と私はぽかんとして、さらに小さくなった後姿を眺めている。

「ふうー。遼、ずいぶん興奮してたな」

「うん。それに神社のこと、絶対興味あるよね。絶対!」

「あれは極度の神社オタク、神様オタク」

「昨日、結愛も同じようなこと言ってたわ。それに神前大会についても、かなり妄想が入ってたもんね。境内に板なんか敷かないし…」

「でも、転校してくる前は向こうでやってたんだろうな」

「まさか靴をはいてやる大会とは想像してないよね」

 この大会は津島神社のアスファルトの南駐車場にスポーツラインで線を引いて作られた試合場だ。当然のように靴を履いて行われる大会だ。遼が落ち込んでいる姿が簡単に想像できてしまう。

「当日、期待しすぎてへこまなきゃいいけど」

「栞、このことは遼には絶対に言うなよ。言ったら出場を取りやめるかもしれないから」

 崇史は手を閉じた口の前にもっていき、左から右に動かしてファスナーをしめる動作を見せる。こういうところが意外とおっさん臭い。

「うん。わかった」

「ああ。まあでも、遼の剣道へのモチベーションが上がっているのはいいことだ」

「えー、そうかなー?反動が怖いけど」

 これから遼がどうするのか予想もつかないまま、家路に向かう。その前に穂歳神社の鳥居をくぐる。今日は崇史も一緒だ。

「遼が津島神社の神前大会に出たいと言い出しました。剣道部入部のきっかけになればいいと思います。よろしくお願いします」

 ほんの少し後ろめたさも感じながらも、昨日より少し前向きな気持ちで神様に報告をする。一礼を終えると崇史と目が合う。崇史はいたずらっぽい目で笑っている。おそらく同じような気持ちだろうと想像できた。

 ただ心配なことは、ここ穂歳神社に事ある度にお願いをするのだが、ここ一年程、私たちにとってはあまり芳しい結果が起こっていない。いいことばかりは起こらないとは百も承知なのだが、残念なことである。


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