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神、守ります  作者: 比賀 彌
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九月一日

これは二〇一〇年代の中頃、とある地方の小さな市の公立中学校が舞台のお話。

ビフォワー コロナウイルス感染症

ビフォワー 令和

ビフォワー 働き方改革(による学校行事の削減)

ビフォワー スポーツ庁の部活動ガイドライン

今より少し穏やかで緩く、少し寛容な、そんな時代のお話です。

内容は、魔法 ありません

異世界への転生 ありません

鬼もスーパーヒーローも 出てきません

登場するのはほとんどがどこにでもいるような普通の中学生。

いつの時代も大人から見れば些細な悩みや迷いに翻弄される青春の入り口。時には自分一人で、時には仲間と共に、時には家族や教師の力を借りて、今の自分を乗り越えようともがいている中学生が主役の小説です。

同年代の皆さんには、できれば共感をもって、また少し年上の皆さんには、ノスタルジックな気持ちで懐かしんでいただければと思っています。そしてありきたりの平凡な毎日が、かけがえのない日々だったのだと思える日が来ることを期待しています。

さあ、それではページをめくってください。



   ― 九月一日 ―


「あー、もうどうしよう。タイトル思い浮かばないよー」

「えっ、タイトルって、何のだよ?」

「あー、暑い!」

 今校舎から外に出ただけで気温が数℃上がったような気がする。汗が体中から噴き出す。私はハンカチで首筋辺りの汗を拭う。

「おい、栞。何のタイトルだよ」

「えー、もう忘れたの?ひっどーい!うちの部のホームページのタイトル!今のままじゃあ再来年、廃部のピンチだから、部員募集のためにホームページでもあるといいなって言ったのは崇史でしょ。」

 私は津島市にある神守中学校の二年生、篠原しのはら しおり。自称剣道部の美人マネージャー。公立中学校の部活にマネージャーなんておかしいと思うかもしれないが、ある事情で今年の二月からマナージャーになった。その理由については、今はまだ話したくない。

 昨日までと変わらない暑さの中、夏休みだけが終わってしまったいら立ちも手伝っていたのだろう。私は幼なじみの同級生、小澤崇史おざわ たかしにいつものように不満を浴びかかける。

「ちょっとは真剣に考えてくれてもいいんじゃない。崇史は暢気すぎるのよ」

「それは、栞に任せたって言ってるだろ」

 やや長めのスポーツ刈りに銀縁メガネをかけた崇史は、私の文句をいつものように冷静に受け流す。


 私たちが通う神守中学校は「神が守る」と書いて「かもり」と読む。知らない人たちからはよく、「かみもり中」と呼ばれるが、その都度「かもり」ですと、訂正するようにしている。一応愛校心っていうものが、私にもあるのだ。

  私たちはグラウンドを左手に見ながら、南館の東側を抜けて至誠館に向かっている。至誠館とは、私たち神守中の剣道部が練習をしている武道場の通称だ。

 その至誠館の入り口付近に、一人の男子が中の様子を窺っている。やや小柄の見慣れない男子だ。私と崇史は顔を見合わせると男子に近づいていく。男子は入り口の透明ガラス越しに内を覗いている。

「今日は部活、休みだよ」

 私が声をかける。男子は急に声をかけられて、驚いた様子で振り向く。

「うちの部に用かい?」

隣で崇史が聞く。男子は、慌てた様子で恥ずかしそうな表情を浮かべる。

「いや、あ、あのー…」

 汗に濡れた短いスポーツ刈りの頭を掻いている。汗が雫となって飛び散る。身長はやや低め。やや四角ばった浅黒い顔に、太い眉毛がいやでも目に入ってくる。

「あなた、今日の学年集会で紹介されてた転校生だよね。E組だったっけ。あっ、私、篠原 栞。自称剣道部の美人マネージャー。うちの部に入ろうと思ってるの?えっ、ひょっとして経験者?何年くらいやってるの?」

「あっ、いや、…えっ、…うん。いや、あのー…」

「栞、美人かどうかはさて置くとして、一度にいくつも質問するから、答えるのに困ってんだろ」

 崇史によく注意されるのだが、立て続けに質問を投げかけてしまうのが私の悪い癖だ。

「あ、俺は二年E組に転校してきた、雨宮遼あめみや りょうです。よろしく」

 背筋をピンと伸ばして礼儀正しく頭を下げる。

「俺は、小澤崇史。剣道部のキャプテンやってんだ。まだなって一か月くらいの新米だけどな」

 崇史はすこしずれた銀縁の眼鏡を直すと、自己紹介を始める。遼君の緊張をほぐそうとしたようだけど、遼君に笑顔はない。崇史は軽く咳払いをした後、改めて質問を始める。

「君も剣道経験者だよね」

 崇史は小学校にあがる前から剣道をやってきているので、身のこなしから経験者と分かったようである。よく見ると耳の上あたりの頭髪に面擦れが見られる。

「じゃあ、入部してくれるんだ。よかったー。今のままじゃあ男子は、来年の大会は団体戦ぎりぎりの五人で戦わなきゃいけないんだよね。よかった。よかったー」

「あー、えーっと…」

 少し間をおいた後、

「実はちょっと迷ってるんだ」

 遼君は少し遠くを見るような目で答えた。

「他にやりたい部があるのか」

「いや。特には…」

「じゃー、是非。剣道部に入ってよ」

「うーん、…。少し考えさせてくれんね」

「あ、ああ、もちろん。ゆっくり考えてくれ。でも、期待して待ってる」

 崇史の一言に遼君も軽く頷く。

「あ、今日は明日からの期末テストに備えて、全部活が休み。明後日は顧問の白石先生が出張だから、剣道部の練習はなし。で、四日の土曜日は、八時半からここで練習やってるから。よかったら練習、のぞいてみて」

 私が当面の予定を伝える。

「ありがとう。来られるかどうかわかんないけど…。じゃあ」

 遼君はうつむきがちに、私たちの横を通り抜けて走って行く。

「じゃあ」

「じゃあね」

 私が振った手に反応することもなく歩き始める。真新しい黒色の学校指定のデイバッグが、頭の真上から照りつける日差しに輝いている。

「さ、俺達も竹刀をとって帰ろう」

「うん」

 スライド式の緑色の扉の片側が、一人通れるくらいの幅で開いている。崇史は一礼すると内に入って行く。崇史が更衣室から竹刀を取ってくる間、私は外で待っている。刺すような日差しだ。放送で下校を促す曲が流れている。オルゴールが奏でる曲が二曲目に変わった。下校完了まであと五分の合図だ。

「おまたせ」

 崇史が竹刀袋をもって戻ってきた。

「やばい。あと、五分ないか。急ごうぜ」

 そう言いながら、竹刀袋を斜め掛けに背負う。私たちは来たルートを戻り、南館と中館の間を通って校門に向かう。

「ところで崇史。ホームページの名前、何にする?」

 私はもう一度、先ほどの話題を蒸し返す。

「え、あー…。そういやあ、あいつ、変わった方言だったな」

「さっきの子?遼君って言ったっけ。確かにね」

「うん、イントネーションもけっこう違っていたよな。どこから転校してきたんだっけ」

「そういやあ、聞いてないね」

 私たちは、急ぎ足になって校門に向かう。オルゴールの曲が止んだ。あと三十秒で最終下校のチャイムがなる。

「あっ、崇史、今、話そらしたでしょ」

「ばれたか」

 崇史はいたずらっぽい笑顔を見せて走り出す。華奢な肩幅が身長を高く見せている。

「逃げたなー。ちょっと待ちなさいよ」

 私も崇史を追って全力で走り出す。しかしなかなか追いつけない。以前はこんなことなかったのに…。少し淋しさを感じながらも、崇史の背中を必死に追う。

 校門付近で下校指導をされている何人かの先生にまとめて下校のあいさつをし、校門を駆け抜ける。その直後に下校時刻完了を知らせるチャイムが鳴る。

「ふー。セーフ!」

「危なかった!」

 このチャイムまでに校門を通過しないと先生からのお小言が待っている。だからみんなチャイムが鳴るまでに校門を通過することに必死になるのだ。そして門を出た途端、私たちはスピードを緩める。

「あー、暑ちぃー」

崇史は、苛立たしげに暑さを呪い、少しずり落ちた銀縁メガネを左手で上げる。右の手を団扇代わりにして、顔をあおいでいる。ほんの少し走っただけなのに私も崇史も玉のような汗をかいている。

「でも、あの子、本当に入ってくれるといいね」

「遼のことか。ああ。まずは人数がいないとな」

「経験者なら、なおのことね」

「腕は確かめてみないといけないけどな」

 転校生の入部を願いながら、家路をたどる。崇史と私の家はご近所なので、ほぼほぼ毎日家に着くまで一緒に登校し、一緒に下校をする。北の空に夏の名残りの大きな入道雲が高くわきたっている。懸案のホームページのタイトルについてはもう少し自分で考えてみようと思い直した。




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