結
【sideナナ】
「あーあ。やっちゃったね」
お店を隣国に移して、少し経ったある日。店長が2枚の紙を見ながら呟いた。
「店長? どうしたんですか?」
「ん? ああ。『あの方達』がね。『何かしちゃった』んだ」
(『あの方達』って……ああ)
「何をされたんですか?」
「これだよ」
店長は手元の紙の1枚を私に見せてくれる。そこには、『罪人引き渡し要請』と書かれていた。急な展開に理解が追い付かず、私は店長に聞く。
「え? え、え、え??? な、なんですかこれ?」
若干パニックになってしまったのは、仕方がないだろう。『罪人引き渡し要請』には店長の名前が書かれていたのだから。
「『あの方達』がね。『過去、風俗店を経営していた者を処罰する』って法律を新たに作ったんだよ」
「………………は? え、馬鹿なんですか?」
後付けで過去の行いを罰する法律を作る国なんて、とてもではないが怖くて住めない。そんな事、誰でもわかるだろうに……。
「馬鹿なんだろうね。しかもそんな法律に則ってこの国に俺達を引き渡すよう要請したらしい。『自分達は馬鹿なんです!』ってアピールして、一体何がしたいんだろうねぇ」
店長が持っていたもう1枚の紙は、この国の外交官からの『こんな馬鹿げた要請が届いたから断っておいた』といった内容を、オブラートを何重にも包んで書かれた手紙だった。
「これは……もうダメですね」
「ダメだね。まぁ、何もしなくても半年持つかどうかって感じだったけど……これ、下手したら3日ももたないかも」
「え……そんなにですか?」
「うん。ただでさえあの聖女様は、盗賊ギルドの拠点を壊滅させて国中に犯罪者をばらまいて犯罪を増加させたり、スラム街の住人を安い労働力で強引に雇用させて、他の労働者の雇用を奪って失業率を高めたりしてたからね。それに、風俗店を禁止した事で、風俗店の周りで営業してた、お花屋さんやクリーニング屋さん、運送業者さんや飲食店さんもお店をたたまざるを得なかったのに、なんの補償もしなかったでしょ?」
「そういえば、慰安金を貰ったのって私達だけでしたね……」
「治安を悪くして雇用を減らして多くの店を閉めさせて……いろんな人が不満をつのらせていたんだよ。そこへ来て『コレ』でしょ? まぁ、暴動が起きるのは目に見えてるよね」
「そっか……サイクスさん達、大丈夫でしょうか……」
暴動が起きたとなれば、衛兵であるサイクスさん達は、鎮圧に向かう必要がある。王様や聖女様がどうなろうと知った事ではないのだけれど、知り合いであるサイクスさん達がこんなことに巻き込まれるのは、嫌だった。
「んー、大丈夫だと思うよ? 多分だけど」
「え?」
「風俗店禁止の法律が出来るって知って、うちに来てた衛兵さん達、ものすごく怒ってたからねぇ。暴動が起きたからって、『身を挺して王様を守る』なんて、しないんじゃないかな? 下手したら暴動に手を貸してたりして」
「そんなことは……」
先月、閉店するその日まで通い続けてくれたサイクスさんの様子を思い出すと、『ない』、とは言いきれない。
「ま、いずれにしても続報に期待、だね」
「続報、ですか?」
「うん。多分、昨日か今日には暴動が起こっているだろうから……明日か明後日には王様達の『その後』が分かるんじゃないかな? ふふふ」
(きゃー!!)
そう言って笑う店長は、最高にかっこよかった。この笑顔を独占できた私は、最高の気分でその日の仕事に励むのだった。
【side水樹】
王都で起きた暴動は静まることなく、翌日には王宮を暴徒達が取り囲んでいた。衛兵による鎮圧はもう不可能と判断し、私達は王宮からの脱出を試みていたのだが……。
「ダメです! 東側の隠し通路もふさがれています!」
「――っ! くそっ! なんでこんな……」
なぜか王族しか知らないはずの隠し通路がことごとく封じられていて、私達は身動きが取れずにいた。
「もはや、王宮に籠城するしかない……幸い食料は沢山ある。軍縮で衛兵の数も減らしていたから、1週間は持つであろう。その間に、隣国から救援が来るのを――」
「た、大変です!! 正門が破られました!!」
「――! な、なんだと!? そんな馬鹿な! ……まさか!!」
正門は、他国の軍隊が攻めてきても耐えられるように作られている。それが、こんなに早く破られたという事は……。
「はい。どうやら王宮内の裏切り者が正門を開いたようです」
「………………そうか」
衛兵の言葉に、ライドは覚悟を決めたように天を仰いだ。
「もはや、これまで……だな」
「ライド……」
「王座にいこう。そこで民を待つ。王宮内に入って来た者達にそう伝えてくれ。こちらに争う意思がない事も、な」
「……はっ! 承知しました。」
ライドの指示を受けた衛兵が走っていく。
「すまんな、水樹。まぁ、いざとなったら俺の命を差し出してお前だけは助けてもらうから心配するな」
「っ! そんな!」
「お前は、民達のための行動した聖女なのだ。民達にどんな不満があったのかは分からないが、怒りの矛先がお前に向く事はないだろう」
「でも! それじゃ、ライドが!」
「話し合いで解決できればよいが、こうなった以上、民達の怒りを受け止める相手は必要だからな。大丈夫だ。覚悟は出来ている」
そう言って、暗く微笑むライドの足は震えていた。
「そんなの……そんなの絶対ダメ! 私が! 私が皆を説得する!」
「水樹……」
私の功績を全部なげうってでもライドを助ける。この時の私は、こうなった本当の原因すら知らずに、本気でそんなことを考えていたのだった。
ライドと二人で王座の間に移動する。暴徒と化した民をなるべく刺激しないように、王座には座らず、立ったままで民が来るのを待った。
「……来たようだな」
「うん」
王座の間にいても、分かるくらい、たくさんの足音が聞こえてくる。
「最初は俺が話す。いいな?」
「うん……でも、約束して。自分の命を大切にするって」
「………………ああ。分かった。約束しよう」
ライドの命を犠牲に生きていくなんて、私には耐えられなかった。2人共死ぬか、2人で生き残るか、二つに一つだ。
ライドと約束を交わした次の瞬間、王座の間の扉が開き、民達が入って来た。まずはここが最初の関門だ。2人で生き残るには、民達に話を聞いてもらう必要があるのだが、彼らが怒りに支配されているとしたら、問答無用で殺されてしまう可能性もある。
(どうか彼らに話し合いが出来る理性が残っていますように!)
そう思いながら、恐る恐る入って来た民を見た。しかし……。
「……え?」
「まさか……」
先頭にいた予想外の人物に、私達は言葉を失ってしまう。
「お二人とも、お久しぶりですね。お元気でしたか?」
民の先頭にいたのは、ライドの元婚約者、マレリア=フィールド様だった。混乱しつつも、ライドがマレリア様に聞く。
「ま、マレリア……どうしてお前がここに?」
「どうしても何も、私が彼らのリーダーだからに決まっているじゃないですか」
「………………は?」
あっけらかんと話すマレリア様に、ライドはだんだん余裕をなくしていった。
「ふ、ふざけるな! なぜお前が! 水樹とともに俺を支えるべきお前がなぜ!!」
「そうですね……元婚約者のよしみでお答えして差し上げても良いのですが…………それでも『それ』の相手もするのは不快ですね」
マレリア様がさすような視線で私を見る。
(え? 『それ』って……まさか私の事?)
「ま、マレリア様……」
「口を開かないで下さる? ゴミの声を聞きたくはないの」
「――ぇ?」
「ま、マレリア! 何を!」
マレリア様の明確な拒絶に、私は何も話せなくなった。
「はぁ。仕方ありませんね。ライド国王を拘束なさい! 『あれ』は縛って地下牢にでも放り込んでおいて」
「「「はっ!」」」
一瞬、マレリア様が何を言っているのかが分からなかった。風俗店の元店長達を収容する際に、地下牢を見た事があるのだが、地下牢は、地上にある一般牢のように、1人1部屋となっておらず、大勢の犯罪者を一部屋に収納する形となっている。ライド曰く、一般牢が満員の時に、死んでも構わない犯罪者を地下牢に収容して、上手く人数を調整するためにそのような部屋になっているらしい。多くの女の子達を苦しめて来た元店長達ならいざ知らず、なんの罪も犯していない私を、そんなところに私を放り込むつもりだろうか?
「ちょ、ちょっとやだ! やめてよ!」
「水樹!」
マレリア様の指示を受けた兵士達が、ライドを拘束し、私を王座の間から連れ出す。
「やだ! やだやだ!! やめて! マレリア様! ライド! 助けて!!!」
「水樹ー!!!」
私がいくら叫んでもマレリア様も兵士達も気にも留めなかった。ライドは私を助けようと必死でもがいてくれたが、兵士に取り押さえられてはどうする事も出来ないようだ。
「やめて! ねぇ、お願い、やめてよ!!」
王座の間を出た後も、私は兵士達に懇願し続ける。だが、そんな私を無視して、兵士達は地下牢への道を歩き続けた。
(やだ! やだやだ! この先は……やだぁぁああ!!)
犯罪者が収容されている地下牢。そこで私を守ってくれるものは何もない。いるのは凶悪な犯罪者だけ。しかも、私を逆恨みしているであろう犯罪者達だ。そんなところに女の私が入れられたら、どんな目に会うか……。
もうすぐ我が身に起こるであろう事を想像して、私は気を失った。
【side ライド国王】
「水樹ー! 水樹ーーー!!!」
水樹が連れ去られてしまった。しかも行先は地下牢だという。あまりの事に、俺は冷静さを保つことが出来ない。
「マレリア! 今すぐやめさせろ! くっそ、この手を放せ! 水樹が! 水樹が!!」
「あぁ、もう、うるさいですわね……ライド国王に猿ぐつわを」
俺は、マレリアに忠実な兵士達によって、猿ぐつわを噛まされてしまう。
「んー! んーーー!!!」
仮にも国王である俺に猿ぐつわを噛ませる、という行為に、一切の躊躇が見られなかった。この分では、水樹を連れて行った兵たちは、本当に水樹を地下牢に入れるだろう。俺は絶望で目の前が真っ暗になる。
「さて、ライド国王。なぜこのような事になったか、お分かりですか?」
マレリアが俺に聞いてきた。俺は猿ぐつわのせいで声が出せないため、首を横に振る。
「まぁ、ですよね。そのぶんでは、今回の暴動の原因が聖女にある事も気付いていないのでしょう?」
「――!?!?」
俺は声にならない声を上げた。
(暴動の原因が水樹にある!? どういうことだ!?)
「はぁ……こんなおバカな国王と婚約していたのは、私の一生の恥ですわ。私がここにいる原因すらわかっていないようですわね?」
「んーー!!!」
(当たり前だ! なぜ、お前がそちら側にいる!!)
「さて、何から話したものか……まぁ、まずは、私がここにいる原因から、かしらね……その原因は前国王である貴方のお父様のせいですわ」
(父のせい……だと??)
俺がよくわからないという顔をしていたことが伝わったのだろう。マレリアは続けて言った。
「正確には、前国王が王命で、貴方と私の婚約を解消し、私に貴方達のサポートをするように命令したせい、ですわね」
「んー!!!」
(それは!)
「『良策を生み出してくれる聖女様をこの国に縛り付けるため』、『王妃教育を終えていない聖女様のフォローをさせるのにちょうどよかったから』。ええ、ええ。分かってますとも。すべては、『この国のため』のつもりなのでしょうね」
「ん-!! んー!!!」
(それが分かっているなら、なぜ!!)
「本当に馬鹿馬鹿しい。予算を組む事すらできない小娘を私の代わりにするなんて」
「………………(え?)」
「ふふ、気付いていませんでしたよね? 聖女様がおっしゃった『農業改革』や『銀行の設立』を行うために、私が必死になって予算を絞り出したという事に」
「んーー……(そ、それは…………)」
「予算を組むことも出来ない、考えなしに『それらしい』策を言ってくる聖女様。私がどれだけ苦労したか。その上、『風俗店の禁止』ですって。馬鹿馬鹿しくて笑ってしまったのですが、まさが貴方が賛同されるとは……」
「んん!?(ば、馬鹿馬鹿しいだと!?)」
「確立している事業を大した理由もなく禁止するんですもの。馬鹿馬鹿しいでしょ? その法案を貴方が推奨した時点で、私は貴方達に見切りをつけたのよ」
「ん…………(そ、そんな)」
「あとはお父様に頼んで、馬鹿な王命を出した前国王を薬で殺し、革命をしやすいように、聖女様の策にかこつけて軍縮していったの」
「ん…………ん!!??」
マレリアの言葉を理解するのに、時間がかかってしまった。
(父を……殺した!?)
「どうかしたの? もしかして、なぜ前王が殺されたか、理解できない? 王家とは言え、フィールド公爵家の一人娘を侮辱して、使い捨てようとしたんだもの。殺されたって文句は言えないでしょ? そんな事も分からないの?」
(そ、そんなつもりは……)
侮辱したつもりも、使い捨てるつもりもない。ただ、手伝って欲しかっただけだ。
「なぜ、私がここにいるか理解できた? ま、ここまで説明しても理解できないのでしたら、私から話す事は特にないわ。何も分からないまま死になさい。あぁ、安心して。今回の騒動の被害者達の憂さ晴らしがすんだら、貴方も聖女様も同じところに埋めてあげるから」
「んー! んーーんー!(止めてくれ! 水樹だけは!)」
「すべてはもう遅いのよ。大丈夫よ。貴方達の望み通り、貴方達の後始末は私がしてあげるから」
「んーー!!!」
その後、ライドと水樹の行方を知るものは、誰もいなかった。
10年後、最後の1人がようやく満足して、王城の地下牢から男の遺体とぼろ雑巾のようになった女が運び出さたが、それが誰だったのか、誰にも分らない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。思い付きで書き上げた本作ですが、いかがだったでしょうか?
ブックマーク、高評価、感想などを貰えると大きなモチベーションになりますので、応援よろしくお願いします。また、お時間ありましたら、筆者の別作品もぜひ読んでみて下さい。
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それでは、また次回作でお会いしましょう! さよなら!