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【sideナナ】
「それじゃ、今日の業務はここまで。お疲れさまでした!」
「「「「「お疲れさまでした!」」」」」
店長の言葉に、私を含めた嬢が一斉に返事をする。実は、今日は、このお店の最後の営業日だ。馬鹿げた法律のせいで、お店を閉めざるをえなくなったのだ。だが、お店の中に悲壮感はなかった。
「いよいよ明日、隣国へ引っ越す事になるけど、皆、忘れ物は無いようにね。しばらくは取りに来れないから」
「「「「「はい!」」」」」
そう。私達は、明日、隣国に引っ越し、そこで今まで通り風俗店をやる事になっているのだ。職業柄、私達の需要はどこにでもある。隣国の既存の風俗店との交渉も、店長が既に済ませてくれていた。
そもそも、私達はこの国に拘る必要はない。つまり、王様と聖女様の自己満足に付き合う必要はないのだ。完全に国に喧嘩を売る行為だが、先に喧嘩を売ってきたのは、この国なので、私達が気にする必要はない。
「ちなみに『しばらく』って、どれくらいですか?」
「そうだねぇ。早ければ、1ヶ月。遅くても半年ってとこかな?」
「早っ!」
国から売られた喧嘩を買った以上、今の王様と聖女様がいる間は、私達はこの国に戻っては来れないだろう。つまり店長は、早ければ1ヶ月で『そう』なるかもしれないと思っているのだ。
「ふふふ。彼らは『この件』以外にも色々やらかしているからね。それに……この後も色々やらかしそうだし?」
「え? 『この後』、ですか?」
「うん。まぁ、そこまで馬鹿じゃないと思いたいけど……望みは薄いかなぁ」
(あ、店長がちょっぴり悪い顔になった。この話を続けたら、もっと悪い顔になってくれるかな?)
「もしかして、店長が何か仕掛けたんですか?」
「まさか。ただの風俗店店長が、王様相手に何かできるわけないじゃん? 俺はただ、店長として当たり前の事をしただけだよ」
(きゃー!! 店長が凄く悪い顔になってる! かっこいい!! 皆も見惚れてるわね。ふふ。この顔を引き出したの私よ。――あ! あの子、隠れて写真撮ってる! ずるい! 後でもらわなきゃ!)
ぶっちゃけ、王様達の事などどうでもよかったが、店長のこの顔を引き出す事が出来た事には感謝せざるを得ない。
「そ、それじゃ、『あの方達』は、この後どうなると思いますか?」
「ん? んー、これ以上何もしなければ、適当な爵位を与えられて、一応貴族としての体面は保てるんじゃないかな?」
「じゃ、じゃあ、何かしたら……」
「その時は……ふふ。地獄を見るだろうね」
「「「「「(きゃーーー!!!)」」」」」
私を含め、この場にいた嬢全員が声を出さずに歓声を上げた。何人かは、今にも気絶しそうに…………否、気を失っている。
「ちょ、ちょ! 大丈夫!?」
気絶した嬢がいる事に気付いた店長が慌てふためいた。
「ごめん、刺激が強すぎたね! 大丈夫! 地獄って言っても、『彼らにとっては』ってだけで、そんなひどい事にはならないから!!」
刺激が強かったのはその通りなのだが、嬢が気絶した原因はそこじゃない。まぁ、自覚がない所も、店長の魅力の1つなのだが。
「と、とりあえず、彼女達を寝かせてあげて。ナナさん、頼める?」
「分かりましたー」
(店長が運んであげた方がこの子達も喜ぶと思うけどなぁ……鈍感)
寝ている女の子を男性である店長が運ぶのはまずいという判断だろう。紳士的だとは思うけど、店長に運ばれる事を嫌がる嬢はこのお店にはいないと思う。
そんな事を考えながら、私は幸せそうに気絶している嬢を休憩室に運んだ。
【side水樹】
その日、私は執務室で仕事をしているライド様の元を訪れた。
「やったわ! みてみてライド!」
執務室内の視線が、突然部屋に飛び込んだ私に集まる。
執務室では、ライドとマレリア様、そして数人の臣下たちが仕事をしていたが、部屋に入ってきたのが私だと分かると、皆、仕事に戻っていった。
「ん? どうしたんだい?」
そんな中、こちらを向いてくれたライドに、私は手に持っていた手紙を見せる。
「とある風俗店で働いていた女の子からお礼の手紙が来たの! 『聖女様のおかげで病気の妹を救う事が出来ました。ありがとうございます』だって!」
手紙の主は、病気の妹の為に仕方なく風俗店で働いていたらしい。妹の治療費の為に、数年は風俗嬢として働く必要があったのが、慰安金のおかげで、風俗嬢を辞める事が出来たとのことだ。
「やっぱり、風俗店で辛い思いをしていたのね。ふふふ。これで多くの女性が救われたはずよ!」
お金がないからって身体を売るなんて間違っている。そこまで切羽詰まっているなら国が支援してあげればいい。そう思って、風俗嬢達に慰安金を出す事をライドに提案したのだが、大正解だったようだ。
「そうか。良かったな。軍備を縮小してまで、予算を捻出したかいがあったよ」
「ええ。本当にね………………え?」
私はライドの言葉に、一抹の不安を覚えた。
「軍備を縮小したの?」
「ん? ああ、他に予算が無かったからな。マレリアが軍備を縮小して、慰安金分の予算を捻出する案を提案してくれたのだ。まぁ、ここ数十年、戦争なんて起きてないし、ネックだった犯罪ギルドは水樹が全滅させてくれたからな。軍備を縮小したところで、大した影響はないさ」
「そう……そうよね。うん! ありがとう! マレリア様もありがとうございます」
一抹の不安はあるものの、ライドが大丈夫というのであれば大丈夫なのだろう。
「いえいえ。聖女様のなさったことに比べれば、これくらい大したことではありませんよ」
そう言って、マレリア様は優しく微笑んでくれた。
【1週間後】
「なんですって!!??」
その日、私は、執務室で叫んでしまった。聖女として、そして、ライドの婚約者として、はしたない行為だとは認識しているが、どうしても我慢できなかったのだ。
私が叫んでしまった原因は、ライドに頼んで調べてもらった風俗店で働いていた女の子達の現状に関する報告書にある。
『わが国の風俗店で働いていた者の8割は、現在、隣国の風俗店で働いている』
手元の報告書には、そう書かれていた。しかも……。
『その風俗店は、過去にわが国で風俗店を経営していた者が新たに開いた風俗店である』
とのことだった。
(何よそれ……それってつまり、風俗店の経営者が、この国では風俗店が禁止されたからって女の子を無理矢理隣国に連れて行って、そっちで働かせてるって事!!??)
そこまで考えて、ようやく私は、自分の考えが甘かった事を理解する。
(そうよ……いくら風俗店を禁止しても、意味がないわ。諸悪の根源である風俗店の経営者を何とかしなきゃ!)
私は急いでライドの執務室に向かう。
「ライド! 新しく制定して欲しい法律があるの!」
「新しい法律? どんな法律だい?」
執務室ではいつものように、ライドとマレリア様達が働いていた。そんな中、突然飛び込んできた私の言葉にライドは耳を傾けてくれる。
「えっとね。過去に風俗店を経営していた者を罰する法理を制定して欲しいの! 女の子達を苦しめていた諸悪の根源を許してはいけないわ!」
私の言葉に、ライドは難しい顔をした。
「それは……難しいな。法律には、刑罰法規不遡及の原則というものがあって、当時適法であった事を、事後に定めた法律で処罰する事は出来ないんだよ」
「………………え?」
ライドの言葉に私は愕然とする。まさかライドが反対するなんて……。
「そんな……ライドは女の子達が可哀想じゃないの!?」
「い、いや……そんなことは……」
「あら、良いじゃないですか」
乗り気でないライドを差し置いて、マレリア様が賛成してくれた。
(さすがマレリア様! やっぱりこういう事は女の子同士の方が分かり合えるよね!)
「マレリア……しかし」
「水樹様には私達には分からない、深いお考えがあるのですよ。古い慣習が何ですか。そんなものに捕らわれるより、水樹様のお考えに沿った方が、この国の為になります。今までもそうだったでしょ?」
「む……まぁ確かにそうか。……良し! では、法律の素案を練るとするか! マレリアも手伝ってくれ」
「ええ。承知しました」
マレリア様の口添えで、ライドも乗り気になってくれたようだ。
「ライド! ありがとう! マレリア様もありがとうございます!」
「ああ」
「ふふ。どういたしまして」
法律の素案を作り始めた二人を残して、私は執務室を後にする。
召喚されたのが、この国でよかった。いい仲間に恵まれたと、本気で思っていたのだ。そう、この時までは。
その翌週、ライドとマレリア様が考えてくださった法律は、無事に国中に公布された。これで、諸悪の根源である、風俗店の経営者達を犯罪者にする事が出来る。また、多くの犯罪者が逃げ込んだ隣国には、『罪人引き渡し要請』を送った。隣国も、突然押しかけて来た犯罪者達に迷惑していた事だろう。私達の国の犯罪者のせいで迷惑をかけてしまった事を申し訳なく思いつつ、彼らが一掃される日を心待ちにしていた。
しかし、事態は思わぬ方向に進んで行く。新しい法律が公布された翌週、ライドの執務室はまるで戦場のようになっていた。
「東区の暴動、なおも収まりません!」
「北区でも強盗事件が多数発生! 現場の衛兵だけでは対処しきれません! 至急、増援を!」
「南区、暴れている市民たちの中に元犯罪ギルドの戦闘員を複数確認! 前線が維持できません!」
「西区、魔獣の群れの討伐が間に合いません! どうやら冒険者が魔獣を狩っていなかったらしく、とんでもない数が押し寄せてきています!」
次々と入って来る緊急報告にライドが指示を飛ばしていく。
「東に第一部隊、北と南に第二部隊を半数ずつ送れ! 西には無理に魔獣を討伐しようとせずに、現状を維持するように伝えろ! 何とか時間を稼ぐんだ!」
ライドがここまでてんやわんやしているのには2つの理由がある。
1つは、国中でトラブルが起きている事だ。暴動や強盗、はたまた魔獣の大量発生まで様々な問題が国中で起きていた。軍を細かく分けて対応しようとしているが、どう考えても手が足りない。
そして、もう1つは……。
「くそっ! こんな時にマレリアはどこに行ったというのだ!」
「ライド……」
昨日からマレリア様の行方が分からないのだ。マレリア様だけではない。マレリア様のご実家であるフィールド公爵家の人達全員の行方が分からないのだ。
(マレリア様……一体どこに行っちゃったの? 頑張って一緒にライドを支えようって言ったのに……)
いくら財政チートの力があろうと、私に軍を運用する知識などない。王妃教育を受けているマレリア様ならともかく、私では、今のライドの力にはなれないのだ。
結局その日、ライドは夜遅くまで1人で国中のトラブルの対処にあたった。
「やっと終わった……」
「ライド、お疲れ様」
仕事を終えたライドに、私は飲み物を差し入れる。
「ああ、ありがとう。それにしても軍備を縮小した事が裏目に出たな。まさかこんなことになるとは……」
「………………そうね」
ライドの言葉が、私の胸に刺った。
「ん? あ! いや! 水樹が気にする事はないぞ! 今回の事は運が悪かっただけだ。こんな事、そうそう起きないさ」
「ライド……」
ライドが慌てたようにフォローしてくれたので、私の気持ちはそこまで沈まずに済んだ。
(そうよ。今回の事は運が悪かっただけ。苦しんでいる女の子達を救えたんだもの。私は間違ってないわ)
そう、私は間違っていない。そう思っていた。そう思っていた……のに……。
ドン! ドン! ドン!
いきなり、執務室のドアを乱暴に叩かれる。ライドの執務室のドアをこんな乱暴に叩くなんて、通常はあり得ない。緊急事態が発生したことを悟り、私は身を固くする。
「どうした!? 何事だ!」
ライドがドア越しに叫んだ。
「陛下! 緊急事態です! 新たに暴動が発生しました!」
「またか……今度はどこだ? まさか西か!?」
西は今日、魔獣が大量に押し寄せてきていた。少ない兵力を駆使して何とか追い払う事には成功したが、依然として危険な状態である事には変わりない。そんな中、暴動なんか起きたら……。ライドが緊張した面持ちで答えを待った。
「いえ、西ではありません。暴動が起きたのは、ここ! 王都です!」
「…………は?」
「…………え?」
私達は言葉を失う。
(王都で……暴動? そんな……ありえない!!)
暴動は、様々な不満が積もりに積もって、限界に達する事によって起こるものだ。王都から遠く離れた地では、生活が苦しかったり、差別があったりして暴動が起こってしまうのも分からなくはない。しかし、王都の生活水準は高く、不満などあるはずがなかった。だが、報告に来た衛兵が嘘をついているとは思えない。
その証拠に、執務室の窓を開けると、心を抉るような怒声が聞こえてくる。
「そ、そんな……なんで…………どうして……」
私の疑問に、ライドは答えてくれなかった。