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周囲の視線もフレデリックに集まっている。

訪れた沈黙…………それでも彼は逃げ出さなかった。



「裏切って、すまなかった……!」



フレデリックは突然、頭を下げた。

静まり返った会場で悲痛な声が響いていた。



「あの時……俺は!!ウェンディに追いつけない自分が悔しかったんだッ!弱くてごめん……頼ってばかりでっ!俺は……っ、俺は!」



震える声で謝罪するフレデリックを見ても、傷付いた心が癒える事も気分が晴れる事もなかった。

長年、婚約者でいた自分よりも姉を選んだ。

その事実は変わらない。

今までの事を考えれば、何を言われようと許す気にはなれない。


ーーーだけど



「顔を上げて下さい」


「……っ」


「私は…………貴方を今でも許せません」


「!!」


「フレデリック様は"都合の良い私"が好きだっただけ。たとえ、それが私の不幸の上に成り立っていたとしても構わない。自分が幸せなら、傷付かないのならそれでいいと…………そう思っていたのでしょう?」


「…………そ、れは」


「貴方の隣に居るのは"私"でなくとも良かったんです。今まで大切に思われていなかったのだと、愛されていなかったのだとゼルナ様と共にいて、そう気付く事が出来ました」


「そんな事は……っ!」


「あの時の苦しみを思い出すと胸が痛みます。けれど、こうしてゼルナ様と共に歩む事が出来て今は……心から幸せです」


「ウェンディ……僕もだよ」


「ありがとうございます。ゼルナ様」


「…………ぁ」



何かを言おうとしたフレデリックを真っ直ぐ見つめていた。

もう彼の顔色を窺う必要なんてない。


言いたいことは山のようにあったけれど、言葉はもう要らないと思った。

どれだけ過去を嘆いたところで"今"は変わらないからだ。


しかし一つだけ……どうしてもやりたい事があった。



「だけど、互いに前に進む為に……ケジメをつけてもいいですか?」



その提案に驚くように目を見張った後、フレデリックはゆっくりと頷いた。



「では…………歯を食いしばって下さい」


「え……?」


「今までの……私の悔しさを受け止めて下さいますか?」


「……っ!!……わ、分かった」



フレデリックは、何をしたいのかが分かったのだろう。

覚悟を決めたように力強く頷いた後、目を閉じた。


大きく息を吐き出した。

一歩、足を後ろに引いて踏ん張るように体勢を整えてから手を振りかぶる。



ーーードコッ!!!



鈍い音と共にフレデリックの体は宙に投げ出された。

そしてベシャリと床に叩きつけられるようにして倒れ込む。

もう一度フーッと息を吐きながら、ビリビリと痺れる手をパンパンと叩く。



「わお……お見事」


「…………さすがゼルナの妻だな」



万が一があった時に自分の身を守る為にゼルナに教えてもらった武術は、今ではすっかりと身に付いていた。

それはゼルナや辺境伯も驚くべき上達ぶりであった。


乱れたドレスや髪を簡単に整えた後に、蹲るフレデリックを見下ろしていた。



「これで、終わりです」


「………ッ!?」



フレデリックは頬を押さえながら首を勢いよく縦に動かして頷いていた。

あまりの変貌ぶりに声も出ないといった様子だ。


大勢の前で、この様な事をされるのは、さぞ屈辱だろう。

謝っているにも関わらず、このように辱められたのだ。

訴えられるかもしれないと思ったが、彼は小さく「今まで、ごめん……ありがとう」と呟いただけだった。


これ以上、フレデリックを責める事はしないつもりだ。

彼が歩んでいく人生がこれからどうなっていくかは分からない。

もう"私"が、彼の人生に関わることはないだろう。


スッキリした気持ちでゼルナの方を見てから、背伸びをして唇にキスをする。



「ウ、ウェンディ……?」


「さぁ、行きましょう!ゼルナ様」


「うん……そうだね」


「皆様も彼方に参りましょう!パーティーは始まったばかりですから」


「わたくし、ますますウェンディ様が好きになりましたわ」


「ふふっ、わたくしもです」



彼に背を向けて歩き出す。


フレデリックと一緒に過ごしてきた時間は苦い思い出となってしまったが、それも無駄な事ばかりではない。

我慢ばかりしていたけれど、折れない心も忍耐も身に付けた。

それに学んだ知識は愛する人の為に活かしていける。


また新しく幸せな思い出で上書きされていくうちに、この苦しさは完全に消えていく事だろう。


ゼルナの手を握って、前へと歩き出した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] >>では…………歯を食いしばって下さい 噴いた(笑) 脳筋は感染するのだなぁ……
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