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思えば、母はいつも疲れた顔をしていた。
自分の事を後回しにして"デイナント子爵家の為に"と、忙しく働く人だった。
昔からサボり癖のある父の代わりに屋敷を切り盛りして、大量の仕事を手伝いながら、間違いがないかどうか隅々までチェックしていた。
愛人のことに関しても、父には「節度を保つように」と厳しく言っていたが、自らの仕事や責任から逃れるような行動に、ついに愛想が尽きたのだと母は語った。
今は自分の仕事や最低限だけを行い、父を注意したり仕事を手伝うことをキッパリとやめた。
そして忙し過ぎて、なかなか相手が出来なかったアルフとの時間を取り、一緒に出掛けたりと自分の時間を楽しんでいたらしい。
顔も見たくないからと、寝室も別に移して今では伸び伸びと暮らしているそうだ。
勿論、ジャネットとも関わらないようにしているらしく、全てを父に丸投げしているらしい。
ニルセーナ伯爵夫人がジャネットの文句を言う為に屋敷を訪れてくる時も、父がいない事を誤魔化しながら母が頭を下げていたが、最近では「愛人のところに居ますわ」と来る度に告げると、ニルセーナ伯爵夫人は母に同情したのか、大人しく帰るようになっていった。
それが毎回となり、ついにはニルセーナ伯爵夫人経由で父が愛人の元に入り浸っている事が広まり、家に帰らざるを得なくなった。
しかし家に帰ってきたはいいが、いつもは母が肩代わりしていた仕事が山のように溜まったことに驚愕。
従者達からは詰め寄られて、領地に住む人達からは不平不満が集まっていた。
今まで母が支えていたからこそデイナント子爵家は成り立っていたのだろう。
それには父も驚きで、今では愛人の所に行く暇がない程に忙しく駆け回っているらしい。
その結果、父はやつれていき、母は若返るという現象が起きているようだ。
「本当に馬鹿みたいよ……!こっちは我慢ばかりして、あの人はずっと遊び呆けてたのよ!?今まで自分を犠牲にしていたけど、もう必要以上に関わらないって決めたの。今は自分の仕事だけしているわ」
「お母様……お母様が幸せなら私も嬉しいけれど」
「そんな顔をしないで?わたしは大丈夫よ、ウェンディ」
「……私に何か出来る事があったら言って下さい」
「いいのよ……!!自分の幸せのことだけを考えて頂戴。二人の仲が良い姿を見ることが出来て心から安心しているわ……!」
「はい……今、とても幸せなんです」
「……あの時は守ってあげられなくて本当にごめんなさいね」
「お母様のせいじゃありません。私はお母様に感謝していますから……!そうじゃなかったら私は幸せになれなかった。そう思うんです」
「ウェンディ……」
何度も謝る母に首を横に振った。
けれどゼルナに愛されて幸せな姿を見た事で、安心したようだ。
「……けれど、ジャネットは」
「え……?」
母はそう言って頭を抱えてしまう。
理由を聞けば、相変わらず屋敷でも荒れており、侍女達も近付かない。
唯一の味方だった父とも揉め始めたそうだ。
「ジャネットとフレデリックは全く上手くいっていないの」
「……!」
思い出すのは昨日、二人で激しく言い争っていた姿だ。
最近はどんどんと酷くなり、ニルセーナ伯爵と夫人からも苦情が来ている。
それには流石の父もジャネットを放置できなくなり、注意するも全く言う事を聞かない為、お手上げ状態。
肝心のフレデリックとの仲もニルセーナ伯爵達との関係も最悪で、婚約破棄を告げられるも時間の問題だと母は語った。
そんな母に昨日、ジャネットとフレデリックと会った事を話した。
すると大きなため息が聞こえた。
「……時間の問題ね」
「お姉様はフレデリック様と結ばれたかったはずなのに。一体何がしたいのかしら」
「ウェンディ、あの子は貴女が羨ましいのよ」
「私を……?」
母の言葉を信じられない気持ちで聞いていた。
(あのお姉様が……?私を羨ましがるなんて信じられないわ)
理由を尋ねようとした時、扉が開く。




