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ゼルナがギロリとジャネットを睨みつける。
ジャネットはビクリと肩を揺らして気まずそうに視線を逸らした。
自分は関係ないと言わんばかりに素知らぬふりだ。
「ッ何しているんだ、ジャネット!お前も早く頭を下げろ」
「……な、なによ」
「ーーいいから謝れッ!!」
フレデリックが声を荒げる。
グッと唇を噛んだ後に小さな声が聞こえた。
「も、申し訳ございません……っ」
ジャネットはゼルナに向けて頭を下げる。
しかし流れたのは重苦しい沈黙だった。
そんな中、ゼルナが口を開く。
「まさか婚約者の前で他の男に擦り寄ろうとするなんてね……下品な行動は己の品位を下げるよ。気をつけた方がいい」
「……っ」
「それから先程も言ったけど、謝罪は僕ではなく妻にしてくれるかな?」
「なっ……!?」
「ウェンディは君達よりも、ずっと身分は上なんだ……そんな事も分からないのか?」
「……!」
「……ッ!!」
きっと今まで男性からこんな事を言われたことはないのだろう。
姉は常にお姫様だった。
「ウェンディに謝れ」というゼルナの言葉に納得出来ないのだろう。
顔を真っ赤にして目が血走ってるジャネットと目が合うと、肩が上下に揺れて荒く息を吐き出している。
「その目……気に入らないな」
ゼルナの言葉にも怯む事なく、此方を睨み続けているジャネットの姿を見て、顔面蒼白のフレデリックは焦ったように声を上げた。
「ジャネット!お前っ、いい加減にしろよ……ッ」
「は……?」
「早く謝れよッ!」
「何よッ!信じられない!少しは婚約者を守ろうとは思わない訳!?」
「……っ、守るだと!?お前のせいでニルセーナ伯爵家がどれだけ迷惑を被るのかが分からないのかッ!?」
「はぁ!?迷惑ですって?有り得ないわ!わたくしが地味な貴方と婚約してあげただけでもありがたいと思いなさいよ」
「もう……っ、お前のそういう態度にはもうウンザリなんだよッ!!!」
いつも穏やかだったフレデリックの怒号を初めて聞いて衝撃を受けていた。
激しく口喧嘩をしながら罵り合う二人の仲は、とても上手くいっているようには見えなかった。
どんどんと人が集まってくる。
公道で、しかも店の前で騒ぎを起こせば迷惑になってしまうだろう。
ゼルナや辺境伯の評判が下がってはならないと、訴えかけるように袖を引く。
「ゼルナ様……もういいのです!」
「……ウェンディは許しても僕は絶対に許すつもりはない。愛する人を傷つけられた事が我慢ならないんだ。僕はこの場での謝罪を要求する」
「なっ……!」
「…………ゼルナ様」
「おい、ジャネット!!」
「わ、わたくしがウェンディに謝罪なんて……絶対に嫌、嫌よッ」
「ーージャネットッ!!このままだとどうなるか分かるだろう!?デイナント子爵家がどうなってもいいのかよ!?」
「~~っ!!」
「ジャネット……ッ!!!」
「っ……ご、めんなさい」
「…………お姉様」
顔を伏せていてジャネットの表情を窺い知る事は出来なかった。
しかし体は大きく震えており、手のひらには爪が食い込んでいる。
「二度とこのような事が起きないようにしてくれ。それと、僕の許可なしに彼女に近付くな」
「は、はいっ!すみませんでした……!」
「さぁ、ウェンディ……やはりパーティーのドレスは向こうの店で選ぼう。皆、"ウェンディ"に会うのを楽しみにしているんだ」
「はい……」
「行こう」
そう言って、ゼルナはエスコートするように手を伸ばした。
戸惑いながらもその手を取ると腕へと誘導される。
それから王族行きつけの高級ブティックへと歩き出した。
チラリと後ろを振り向くと、ホッとしたような表情を浮かべたフレデリックと、こちらを鋭く睨みつけて爪を噛むジャネットの姿があった。
「ウェンディ、大丈夫だよ……何も心配ない」
「はい……ありがとうございます、ゼルナ様」




