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姉の言葉に強い怒りを感じていた。
悔しくて堪らなかった。
(何も知らないくせに……!勝手な事を言わないで)
言いたい事が沢山あり過ぎて、言葉にならなかった。
何よりゼルナを馬鹿にしたような発言が許せなかった。
手を上げてしまいそうになるのを必死で抑えながら、思いきり手のひらを握り込んでいた。
「違うわ!」と声を上げようとすると、後ろからそっと肩に置かれる手……。
ゆっくりと顔を上げると、そこにはゼルナの姿があった。
「うちの妻に、何か用かな……?」
「……ゼルナ様!」
「ウェンディ、一人にしてごめんね。今、話をしてきたんだが、みんな君に会うのを楽しみにしているんだ。是非来てほしいと伝言を預かったが…………その間にこんな事になっているなんて最悪な気分だよ」
ゼルナが二人を鋭く睨みつけている。
目の前にいるフレデリックとジャネットは、これでもかと大きく目を見開いている。
しかしジャネットの視線の先……ゼルナしか映っていないと気付いてゾッとした。
ほんのりと染まる頬に嫌な予感と焦りを感じていた。
そんな中、フレデリックが口を開く。
「ウェンディ、この人は……」
「ウェンディの名前を気安く呼ばないでくれないか?」
ゼルナが当然のようにフレデリックを咎めた。
「……ッ!?」
「ウェンディが何故こんな表情をしているのか、馴れ馴れしく名前を呼んでいるのか……僕に教えてくれ」
いつもよりずっと低い声……優しくて穏やかなゼルナが、こんなにも怒っているところを初めて見た気がした。
そんな彼の質問に答える前に、甲高い猫撫で声が響いた。
「ゼルナ様……!覚えていますか!?わたくし、ジャネットですわ!!以前のパーティーでご挨拶しましたよね!?」
「…………」
「ウェンディの姉ですわ!わたくし、是非ともゼルナ様とお話ししたいです!今、お時間ありますかッ!?」
興奮気味に此方に近寄ってくる姉は、いつものように腕を絡めて上目遣いで体を寄せようとしている。
そんな姿を見て、無意識にゼルナの服を掴んでから一歩後ろに下がった。
"取られたくない"
強く心で思うあまり体が強張ってしまう。
「是非此方にいらして下さい!その子は地味で愛想もなくて詰まらないでしょう?だから、わたくしと……っ」
こうして姉はどんどんと男性を虜にしていくのだろう。
(ゼルナ様も、お姉様に取られてしまうの……?)
ふと、視界が真っ暗になる。
そんな時、手を引かれて温かさに包まれる。
「………黙れ」
「!!」
「え……?」
「聞こえなかったか?黙れと言ったんだ」
ゼルナに抱きしめられているのだと気付いて、喜びと安心感に詰まっていた息を吐き出した。
「愛想がない?有り得ないな。それにウェンディは詰まらない女ではない……今すぐ撤回しろ。ジャネット・デイナント」
「え…………?」
「でなければデイナント子爵に抗議する。ウェンディを…… 愛する妻を侮辱する行為を、僕は絶対に許さない」
「……ッ」
「ジャネット、もうやめろよ!!」
「離してッ!!」
フレデリックはジャネットの腕を掴むが、直ぐに振り払われてしまう。
ゼルナの視線がゆっくりとフレデリックの元へ向く。
「君は……?」
「フレデリック・ニルセーナ、です……ジャネットの婚約者の」
「そうか、君が……」
それを聞いてゼルナの瞳が細まった。
「はい……!先程は申し訳ございませんでした!無礼を、っお許しください」
フレデリックが深々と頭を下げる。
こんなに焦っている彼の姿を初めて見た気がした。
「君は少しはまともなようだね……でも僕は君の謝罪で許す気はないよ。君の婚約者に、僕の妻に対する非礼を詫びて貰うまではね」




