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ある日の昼下がり、家事もひと段落してゼルナとまったりとした時間を過ごしながら紅茶を飲んでいた。
「もうすぐ建国記念パーティーだね」
「……建国記念パーティー!?もうそんな時期なのですね」
この生活に慣れてしまい、すっかり忘れていたが自分が貴族であるという事を思い出す。
「そうなんだけど……どうする?」
「…………え?」
「ウェンディの気持ちを考えると、あまり無理をさせたくないんだ……顔を合わせる事になるだろう?」
建国記念パーティーは、国中の貴族達が集まる盛大なパーティーで、国を代表するイベントの一つだった。
故に病でもない限りは必ず出席しなければならない。
それに心配そうに此方を見ているゼルナに申し訳なく思ってしまう。
(……ゼルナ様、気を遣って下さっているんだわ)
滅多に人前に出ないゼルナも、このパーティーには必ず出席している。
此方の気持ちを配慮してくれるゼルナの見えない優しさに感謝していた。
しかしマルカン辺境伯やゼルナの為にも"参加しない"という選択肢はなかった。
たとえ後ろ指を指されようとも、ゼルナの立場を思えば必ず出席するべきだと思っていた。
国中の貴族が集まるパーティー……という事は、フレデリックとジャネットと顔を合わせる事になる。
最近、二人の事を思い出したとしても、悲しさも苦しさも感じる事はなかった。
あんなにモヤモヤした気持ちが薄れていた。
(不思議……思い出すだけでも、あんなに辛かったのに)
嫌な気持ちはゼルナとの楽しくて幸せな思い出で、どんどんと上書きされていた。
二人の事を思い出す事は少なくなり、ゼルナ一色の生活である。
自分で言うのもなんだが、かなり浮かれている。
初めて互いを思い遣り、気持ちが通じている関係がこんなに幸せで居心地の良いものだとは思わなかった。
「あの……ゼルナ様、私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「でも、ウェンディ……」
「それに…………ゼルナ様が、隣に……居てくれますから」
「!!」
「初めて、その……ふっ、夫婦で公の場に出られますし、嬉しいです。だから、参りましょう」
「そっ、そうだね!!うん、ありがとう……僕も、嬉しいなっ」
「…………」
「…………」
二人で焦りながら顔を真っ赤にしていた。
パーティーで思い出したのだが、ゼルナはパーティーでは必ず仮面を付けていた。
しかし、この家で仮面を付けているところを見た事がない。
その代わりに羊のようなモシャモシャした前髪で目元は見えないが……。
(そういえば……何故、仮面をつけてパーティーに出ていたのかしら)
髪が風で流れてチラリと目元を見たことがあるが、醜い訳でもなく、傷を隠している様子もなかった。
何か他の理由があるのかと考え込んでいると……。
「なら、新しいドレスを買いに行かないとね……!」
「新しい、ドレス……?」
「僕はいつもの店を予約してくるよ!楽しみだな……ウェンディに似合うドレスがいっぱいありそうだ」
「……あの、ゼルナ様!いつもの店って」
この辺にドレスショップがあるのだろうかと不思議に思っていたが……ゼルナの言葉に衝撃を受ける事となる。
「タイミングもいいし、そろそろ本邸へ戻ろうか。三日後には発つから必要な荷物を纏めておいてね」
「えっ!?三日後……!?本邸…………?」
「……?」
「つまり…………ここは別邸!?」
「ははっ、そうだよ」
言葉の意味を上手く咀嚼出来ずに固まっていると、クスクスと笑いながらゼルナが説明をしてくれた。
ここは別邸であり、社交シーズンになると数ヶ月間だけ本邸に戻るのだそうだ。
オンオフをはっきりとつけたいマルカン辺境伯とゼルナの希望である。
今更ながら、衝撃の事実に呆然としていた。




