39.フレデリックside③
薔薇の香り、派手な化粧、毒々しい色のドレス……会う度、会う度、どんどんと彼女が嫌いになっていく。
「あり得ないのよ!!あの女……ッブスの癖に」
「…………」
「たかが婚約者が侯爵家の令息ってだけで、偉そうにしてっ……!」
「…………」
「わたくしを見下したように見てたのよ!?絶対に許さないんだからッ」
悪口、妬み、罵り……嫌悪感に吐き気を覚えていた。
聞こえる声はまるで毒のように体を蝕んでいく。
ジャネットと婚約して暫く経つが、こんなにも人と一緒にいる事を苦痛に思ったのは初めてだった。
彼女の本当の姿を垣間見る度に、夢から醒めていく。
最近は頭痛も胃痛も酷くなるばかりで、顔を見るだけで最悪な気分になっていた。
気分は落ちていくばかりで、あまりの酷さに食欲を失っていた。
デイナント邸に呼び出されては、こうして吐き出されるストレスを強制的に聞かされる日々。
こんなに華やかで社交界を騒がせていた彼女に、今まで婚約者が出来なかった理由が理解出来た所で、もう手遅れだった。
それでも此方の都合など関係ないというように、ジャネットはずっと喋り続けていた。
「ねぇ!!聞いてるの!?」
「…………あぁ」
「それに貴方のせいでもあるのよ!?もっと身なりに気を遣ってよッ!!わたくしの隣に立つのに全然相応しくないわ」
「……っ!」
「馬鹿にされて恥ずかしくないの!?地味過ぎるのよ……!髪型も服も直してって言ったわよね!?ただでさえ伯爵家の令息ってだけでも最悪なのに」
なんの悪びれもなく此方を馬鹿にする彼女の態度に苛立ちが募っていくばかりだ。
こんなにも暴言を吐き散らされても黙っているのは、耐えるしか道が無いと分かっているからだ。
いつもは歓迎してくれていたデイナント子爵夫人は全くと言っていい程、顔を出さなくなってしまった。
その理由も分かっているつもりだったが、あからさまな態度には悲しいを通り越して苛立ってしまう。
(……ッ、ジャネットを止めてくれよ!!)
あんなにも居心地の良かった子爵邸も、息が詰まるような苦痛な時間に変わり、早く帰りたいと思うばかりだ。
ジャネットは自分の思い通りにならなければ直ぐに癇癪を起こす。
此方が折れるか、自分が納得するまで攻撃は止まる事を知らない。
言い返したら最後、泣き喚きながら文句を吐き続けるのだ。
(もう、勘弁してくれ……!)
最近では攻撃の矛先が身なりや家柄になり、自分を棚に上げて言いたい放題である。
何故、自分がこんな思いをしなきゃいけないのか……我慢する日々に嫌気がさしていた。
「大体、わたくしには釣り合わないのよ……!貴方のような気の使えない男は」
「……!?」
「はぁ……やっぱり失敗だったかしら」
その言葉を聞いた瞬間、何かが音を立ててプチリと切れる。
「君が……君が誘わなければこんな事にはならなかっただろうッ!?だったら違う令息にすれば良かったじゃないか!それが出来なかったんだろう!?こんなに性格が悪ければ当然だなっ」
「は…………?」
「自分で選んだ癖に何なんだよ!偉そうにッ……いい加減、俺に八つ当たりをするのは止めてくれ!!!」
「何ですって……?」
「いつも愚痴ばかりで、その癖自分は何もしないじゃないか……!!ウェンディはこんな事、一度も言ったこともなかったのに……っ」
「ーー!!?」
「ッ、ドレスと他の令嬢の文句しか頭にないのか!?少しは他の事も考えたらどうなんだッ」
言い過ぎたかもしれない……そう思った時にはもう遅かった。
ーーーバンッ
大きな音と共に紅茶のカップが倒れて、白いテーブルクロスに染みていく。
ジャネットが立ち上がりながら震える手でテーブルを叩いた音だった。




