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食べ終わると何かの気配を察知したのか二人は突然立ち上がると「オレ達、仕事が忙しいから~」「ご馳走様、美味しかったよ」「ありがとう、ウェンディ」「また食べにくるね」と言いながら、嵐のように去って行った。
ゼルナが二人を送りに行っている間、空っぽになった皿とカップを片付けていた。
(良かった……口に合ったみたいで)
まさか自分が客人に出せるようなお菓子を作れるようになるとは思わなかった。
「ウェンディ……!大丈夫だった?嫌な思いはしてない!?」
「ゼルナ様の御友人はとても面白い方達なのですね」
「まぁ…………そうなのかな。騒がしかったでしょう?迷惑掛けてごめん」
「いいえ、とても楽しかったです」
「……!!ありがとう、ウェンディ」
「ふふっ、はい」
そう言いながらも、ゼルナはとても嬉しそうに笑っていた。
ーーそれから数ヶ月
最初の頃が嘘のようにゼルナが此方に歩み寄ってくれた。
毎日、共に過ごすようになると自然と縮まる距離。
「ゼルナ様」
「ウェンディ、どうかしたの?」
前は吃っていたゼルナが"ウェンディ"とハッキリと名前を呼んでくれるようになった。
目を見て、普通に話してくれるようになったのも大きな進歩だろう。
とは言っても、目が合っているかどうかは前髪でよく見えないのだが……。
以前は話している時に常に緊張しているのが伝わっていた。
けれどゼルナの頑張りに感化されるように、此方も何をしたら彼が喜ぶのか、反応を見ながら少しずつ学んでいった。
(頑張ってくれているゼルナ様の為にも……)
喜んでもらいたい、役に立ちたい……そう思えて自分から色々と取り組んでいた。
「ゼルナ様、ブルのご飯を用意出来ました」
「え!?もうそんな時間か、ありがとう……!ウェンディ」
「はい、今日は暑かったので夕食はサッパリしたものでいいですか?ゼルナ様の好きなお野菜のサラダも作りますね」
「うん……それにしてもウェンディは本当に凄いな」
「え……?」
「僕が何も言わなくても気が付いてくれる……本当に凄いね」
「!!」
「いつも僕の為にありがとう」
「ーーーッ!!」
「ウェンディ……?」
「ぁ…………」
「ウェンディ、大丈夫ッ!?」
ゼルナの声がどこか遠くに聞こえた。
視界が暗くなっていく……。
『いつも俺の為にありがとう、ウェンディ』
『よく分かったね!今、そんな気分だったんだ』
『俺が何も言わなくても気がつくのはウェンディだけだよ』
フレデリックから言われた言葉が嬉しくて、一生懸命尽くすようになっていった。
最初は喜んでいたけど、次第にそれが当然になって、いいように使われて、飽きられて、結局はどうなってしまったのだろうか……?
ーーー捨てられちゃうの
フラッシュバックする二人が裸で抱き合う光景に震えが止まらなくなる。
「ウェンディーー!!」
「…………え?」
「顔色が悪いよ、大丈夫?」
「ぁ………ごめんな、さい」
ゼルナの声にギュッと手を握り込んで胸元に寄せた。
ほんのりと汗が滲んでいた。
(しっかりしなきゃ……ゼルナ様はフレデリック様とは違う。違う……!そう思いたいのに)
急にこんな態度を取った事で驚いた事だろう。
ゼルナの顔が怖くて見れなかった。
大丈夫だと思っていても、恐怖に動けなくなってしまう。
自分が思っていた以上に傷が深く残っていたようだ。
最近は少しずつゼルナに自分の事を話すようになっていた。
婚約破棄されて此処に来た事は話したが、その内情までは詳しく伝えることが出来なかった。
(折角、感謝されているのに変な顔をしていたらゼルナ様だって困惑するに決まっているわ……)
グッと唇を噛んだ後、笑顔を作ろうと顔を上げた時だった。




