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「素敵……とても可愛いですね」
「……!!」
「私、この花がとても好きになりました。お部屋に飾ってもいいでしょうか?」
「……!」
「ゼルナ様……?」
「あのさ……ウェンディ、ちょっと来て欲しいところがあるんだ」
「……!?」
急にゼルナに手を引かれて驚いていた。
繋がれた手……男性らしい骨張って固い手に緊張してしまい、じんわりと汗が滲むのが伝わらないようにと願っていた。
暫く歩いていくとゼルナはピタリと足を止めたのだが、考え事をしていたせいで背中に顔をぶつけてしまった。
「……ッ、ごめんなさい」
「ウェンディ、目を瞑ってくれないか?」
「え……?」
「びっくりさせたくて……いい?」
「……はい」
そう返事をするとゼルナは嬉しそうに微笑んだ後、目元を手のひらで覆った。
「そのまま歩いて」と言われるがまま足を進めていた。
「ゼルナ様……まだですか?」
「もうすぐだよ」
「……っ」
「いいよ……目を開けて、ウェンディ」
「…………!?」
「どうかな……?」
「わぁ……綺麗!!」
一面に広がる花畑に大きく目を見開いて、まるで絵画のような美しい景色に言葉を失っていた。
手を離したゼルナが先程と色違いの花を摘んで髪飾りのように髪の隙間に差し込んだ。
「っ、ありがとうございます……!」
「ウェンディにはピンクが似合うね……とても可愛らしいから」
「!!」
思わぬ不意打ちに肩を揺らした。
可愛らしい……フレデリックにも言われた事がなかったからか、改めてそう言われると照れてしまう。
「部屋に飾る用に」と、次々に渡される花を受け取りながらフワフワとした気持ちを誤魔化すように口を開いた。
「ゼ、ゼルナ様……ここは?」
「僕の一番のお気に入りの場所だよ……気に入った?」
「……はい、素敵過ぎて」
「この花はね、母上が好きだった花なんだ」
「お母様が…………?」
「ウェンディが気に入ってくれて、僕も嬉しい……こんなに温かい気持ちになったのは初めてだ」
「…………!!」
ふわりと吹いた優しい風が頬を撫でる。
ゼルナの長い前髪が靡いた。
一瞬、見えた今にも泣きそうな彼の表情にドキリと心臓が跳ねた。
直ぐに隠れてしまった表情……しかしゼルナにとって此処がどれだけ大切な場所なのか分かってしまった。
だからこそ嬉しくて堪らなかった。
帰り道、ゼルナは今までにないくらい色々な事を話してくれた。
その話を聞きながら二人で手を繋いで帰った。
ゼルナがマーサに赤い花を一本渡すと、酷く驚いた顔をした後、すぐに後ろを向いてしまった。
その肩が小さく震えている事に気付いて、どう声を掛けていいか分からずにゼルナの顔を見上げた。
するとマーサの肩に手を伸ばして、何かを耳打ちする。
マーサは頷くと涙を拭い、満面の笑みを浮かべながら花瓶を取りに向かった。
隣には先程とは違って嬉しそうなゼルナが此方を見て微笑んでいる。
帰ってきたマルカン辺境伯もその花に気付くと、暫くその場から動かなくなってしまった。
それからゼルナに頭に付けてもらった花を見て、辺境伯は思いきり目を見開いていた。
瞳を潤ませて抱きしめようと手を伸ばす辺境伯との間に、すかさずゼルナが入る。
辺境伯はそのままゼルナを強く強く抱き締めていた。
抵抗するように、ボコボコと殴っていてもお構いなしである。
皆にとって、この花は思い出が詰まったとても大切なものなのだろう。
ゼルナとぐっと距離が縮まっているのを感じて嬉しくなった。
それにフレデリックとは全然違うこの気持ちは何だろうとずっと考えていた。




