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「…………」
「……!」
(ゼルナ様、どうしてここに……!?)
思わず動きを止めて固まってしまっていた。
驚いていたのはいつもならば、もう朝食を食べ終えて外で動物達の世話をしているはずのゼルナの姿がそこにはあったからだ。
「今日は坊ちゃんの分も作りましょうか」
「あっ……はい」
「あの………ウェン、ディ!おっ、おはよう……」
「!!」
恥ずかしそうに逸らされた視線と、どんどんと尻すぼみになっていく声。
恐らく、昨晩マルカン辺境伯と何かあったのだろう。
夕食の食器を片付けている間、二人が何か真剣に話していた事は何となく分かっていた。
(きっと辺境伯が状況を見て、気を遣って下さったのね……)
そう思うと若干複雑ではあるが、恐らくゼルナは勇気を出して此処に来てくれたのだろう。
今まで、何故避けられていたのか……その理由は結局分からないままだが、ゼルナが一生懸命に歩み寄ろうとしてくれている事は伝わった。
(嫌われている訳じゃないのね……良かった)
どうやら想像していたような最悪な展開にはなる事はなさそうだ。
嬉しそうに微笑んでいるマーサと目を合わせると、大きく頷いた。
顔を真っ赤にして俯いているゼルナに向けて笑みを浮かべながら答えた。
「ゼルナ様、おはようございます。いい朝ですね」
「………っ」
ゼルナはブルを抱きしめながら首を縦に振り、何度も頷いていた。
先程まではあんなにも暗く落ちていた気持ちが、一瞬で晴れやかになった。
その日をキッカケに、ゼルナは毎朝、必ず席についているようになった。
「お、おはよう……ウェンディ」
「おはようございます、ゼルナ様」
「今日は……晴れる、みたい」
「そうなんですね!溜まった洗濯物が乾きそうで嬉しいです」
「…………う、うん、そうだね!」
それに加えて、必ず自分から挨拶をしてくれるようになった。
会話も少しずつではあるが続くようになっていった。
その一週間後には毎日夕食を一緒に食べるようになった。
それから部屋の掃除をしているとブルの散歩に誘われて庭を一緒に歩いた。
体をカチコチにして同じ手足が出ていたゼルナを見て思わず吹き出したのをキッカケに、彼は普通に歩き出した。
毎日ブルの散歩を一緒に行くようになると、動物達の紹介や名前を教えてもらった。
最初は覚えきれなかったが、ゼルナと共に過ごす内に自然と覚える事が出来た。
「ウェンディ、今日も一緒に散歩に行かない……かな?」
「これが終わったらすぐに……」
「…………なら、早く終わるように僕も手伝うよ」
「……!」
「毎日、その……ありがとう」
「こちらこそ、嬉しいです」
「……ッ!?」
「ゼルナ様……?お顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」
「だッ……大丈夫!早く、終わらせよう!!」
「ふふ、はい!そうですね」
自然とゼルナと会話が出来る様になっていることに気付いた。
そんなある日の事……ブルと共に泥だらけで邸に帰ってきたゼルナを怒ったこともあった。
「ゼルナ様ッ!こんな時間まで一体何をしていたんですか!?」
「あ……えっと」
「もう……こんなに汚れてしまって、大丈夫ですか?怪我は?」
「…………!!だ、大丈夫……です」
「直ぐに浴室に向かってくださいね」
「うん……!」
持っていた布で頬についた泥を拭うと、ゼルナは最初は驚いていたが「……ごめんね、ウェンディ」と言って、何故か照れながら笑っていた。
そんな時、玄関から猛ダッシュで突進してきたブルに飛び掛かられた事によって、自分も泥だらけになってしまい二人で顔を合わせた後に笑い合った。
その次の日、ゼルナは「昨日のお詫びに」と言って見た事のない花をくれた。
その花が余りにも綺麗で目を奪われていた。




