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重たい体を起こしてカーテンを開ける。
二人が抱き合うあの場面を見てからというもの、ずっと眠れない日々が続いていた。
悪夢に魘される事もあったが、此処に来てからはそれも少なくなっていった。
幸い、ここにはジャネットやフレデリックの話は届いてこない。
それだけは救いだろうか。
きっと今頃、二人は幸せな関係を築き、華やかな姉はニルセーナ伯爵夫人にも気に入られて、楽しい日々を過ごしている事だろう。
以前あった幸せは全て失ってしまったと思い出しては心が悲鳴をあげる。
いくら上を向こうとしても、ふとした瞬間に思い出してしまう。
そんな自分が嫌になるのだ。
(はぁ…………もう忘れましょう)
過去は戻らない……そう思っていたとしても簡単に気持ちを切り替えられそうになかった。
どんなに取り繕っても、無理をして笑っても、心の傷は癒えない。
自分はこんなに弱かっただろうか……気分が沈んでいる事に気付いて、気合を入れる為にパンパンッと頬を叩いて気合いを入れた。
(今日も頑張ろう……!)
いつものように顔を洗ってから布で拭い、簡素なワンピースに着替えてから後ろ手でリボンを結ぶ。
鏡の前に座って慣れた手つきで髪を梳かして一つに纏めた。
身支度もやっと自分自身で手際良く出来る様になった。
なるべく早く仕事を覚えて、受け入れてくれた人達に迷惑を掛けないようにする為に頑張っているのだが、まだまだ失敗も多い。
こうなって初めて、自分の恵まれていた環境に気づく。
小さな頃から不自由な事なんて一度もなかった。
幸せな暮らしをさせてもらっていたことに気付いては両親に深く感謝するのだ。
(朝から暗い顔をしていたら駄目よ、大丈夫……昨日は夕食を皆で囲めた。一歩、前に進めたじゃない)
昨日は久しぶりに賑やかな食卓で、それにマーサや辺境伯に料理を美味しいと言いながら食べて貰えた。
此方を気遣って話してくれたマルカン辺境伯の温かさとマーサの優しさに感謝するばかりだ。
何より"家族"として受け入れてもらった事が、本当に嬉しかった。
しかし不安に思うのは、ゼルナとの関係だ。
本当は自分の誘いを断ろうとした事も、マルカン辺境伯に言われて仕方なく席についた事も分かっていた。
前髪を梳かしてから鏡で確認しながら手を止めた。
子爵邸に居た時よりはずっと顔色もいいが、どこか寂しそうな表情をした自分が鏡に映っていた。
(酷い顔ね……この先、ゼルナ様と仲良く出来ないままなのかしら)
ずっとこのままだったら……そう思うと心が苦しいが今はこんなに幸せなのに、これ以上を望んだらバチが当たってしまうだろう。
しかし居候として此処に置き続けてもらう事にも罪悪感を感じていた。
貴族として、妻としての役割を何も果たせないままなのは申し訳なく思った。
昨晩は母への感謝とレシピ通りに料理が作れた事を手紙で報告しようと思ったが、気持ちが込み上げてきて途中で筆を置いてしまった。
(お母様、元気にしているかしら……)
そんな事を考えているうちに、いつも朝食を準備する時間を過ぎていた。
慌てて立ち上がり、キッチンへと急いだ。
今日はマーサにパンケーキの作り方を教えてもらう約束をしていたのだ。
紅茶のいい香りが廊下に立ち込める。
「……マーサさん、おはようございます!」
「ウェンディ様、おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい!遅れてごめんなさい。考え事をしていて……!」
「大丈夫ですよ!今から生地を作りますから」
「良かった!昨日少し作り方を見たんです!すぐにパンケーキの材料を…………」
ふと、テーブルに座っている人物に目を奪われた。




