29.ゼルナside②
「ウェンディが良識ある令嬢だったから良かったものを……。一歩間違えれば取り返しのつかない事になっていた。分かるな?」
「……はい」
「今までは、お前が自分で向き合えるようになるのを待っていた。そして今回の事でやっと覚悟を決めたのだと思っていた……しかし、違ったようだな」
「……」
「ゼルナ……自分の世界を広げて前に進んでいかなければ大きな変化は望めない。今までは黙っていたが、今回ばかりはそうはいかない」
「………」
「ウェンディは、もうお前の妻なのだ。他人ではない」
「!!」
「幸せにしようという努力が出来ないのなら、今すぐに彼女を手放しなさい。マーサにも報告を貰っていたが、あの子はとても素晴らしい子だ」
「だけど、そんな……」
「私が全ての責任を取り、彼女の生涯の幸せの為に全力でサポートをしよう……嫁ぎ先を探し、彼女が幸せになれるまで」
「…………」
何も答えられなかった。
父がそのまま去っていくのをただ黙って見ていた。
ウェンディの事情など知りもしなかった。
(知るわけない……知ろうともしなかった)
互いの事情など、知るわけないのだ。
ウェンディが嫁いで来てから、ずっと彼女の事を避けていたのだから。
自分なりに彼女に近付こうと試みるものの、どう距離を詰めていけばいいのか、何の話題を振ればいいのか……そう考えているだけで一日が過ぎてしまう。
全て、父の言う通りだった。
自分から何もする事なく、彼女を助けることもしなかった。
(こんなに当たり前の事に、どうして気づけなかったんだ……僕はこんな事を続けて一体、何がしたかったんだろう)
自分が傷付きたくなくて、その事で頭が一杯だった。
あまりにも幼稚な態度……恥ずかしくて堪らなくなった。
彼女は深く傷付いていたのに、いつも笑っていた。
(僕には絶対に真似出来ない……)
今までパーティーや夜会で出会い、素顔を知った令嬢達は「どんな貴方でも受け入れる」「貴方を心から愛している」「どんな条件でもいい」そう言っていたとしても、ゼルナの本当の姿と、この生活を見れば態度を一変させて「嫌だ」「有り得ない」「御免なさい」と言って去っていく。
今まで婚約者になる前に、この生活に慣れてもらおうとこの場所に呼んだ事もあった。
しかし、どんな令嬢が来ても数日と経たずに出て行ってしまう。
見た目を見て嫌悪する人、生活に耐えられ無い人。
マーサを侍女と同じように使う人もいた。
また自分の人間離れした強さに恐怖を抱き「化け物」と罵る者もいた。
誰もここの生活を受け入れてはくれない。
「汚い」「動物臭い」「自分でやらせるなんて正気じゃない」「怖い」「近寄らないで」「気持ち悪い」
あるのは嫌悪感と絶対的な拒絶だけだった。
まるで自分の全てを否定されているようで悲しかった。
それから令嬢達の持つ二面性や欲に拘る姿勢が合わないと苦手意識が強くなっていった。
だったら初めから本当の姿を見せてしまえばいい……そう思った。
パーティーや夜会に出る事を控えて、初めから条件を書き出した。
手紙で婚約者を募集すると、今度は誰からも申し出は来なくなった。
分かった事はただ一つだけ……令嬢達が見ていたのは、見た目と肩書きだけだと思った。
(それが分かっただけでもいい……)
ずっと父と母のような関係に憧れていた。
二人のようになりたいと思った。
しかし、それは叶わない夢だと諦めていた時に返って来た一通の手紙。
結婚を決めたのも投げやりな気持ちだった。
もう誰が来ても同じだと諦めていたのかもしれない。
ーーウェンディ・デイナント
デイナント子爵家の次女で、何回か挨拶を交わしたくらいだろうか。
パッと見た印象ではあるが、今までの令嬢達と違って真面目そうな令嬢だった。
(……この人も、どうせすぐに去っていく)
そう思うことで予防線を張っていた。




