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暫くの沈黙の後、指をモジモジと動かしていたゼルナが静かに口を開いた。
「……ぃ……ない」
「え……?」
小さくてもハッキリと伝わる拒絶の意志。
こんな時ばかり耳は音をよく拾ってしまう。
ゼルナは此方に聞こえていないと思ったのだろう。
再び唇を開こうとした時だった。
「ーーいら、」
「マーサァアアァァッ!帰ったぞ」
「!!!?」
扉からすごい勢いで邸に入ってきた男性の突き抜けるような声に目を見開いて固まった。
口から心臓が飛び出そうなほどにバクバクと音を立てている。
「久しぶりの我が家だ……!なんて素晴らしい」
「…………」
「おぉ、ゼルナ!!相変わらず辛気臭い顔をして!!!ハッハッハッ」
「…………うるさいよ、父さん」
「おや……?? 」
「ひっ……」
父さん……つまり今、目の前にいる陽気な人がマルカン辺境伯だ。
いつも見ている辺境伯とは、大分雰囲気が違うなと考えていると、パッと視線が交わった。
迫力のある表情に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
そのままグイッと顔が近付いてきて、思わず涙目で仰け反ってしまう。
「君がウェンディだね……!とても可憐な女性じゃないか!!」
「あ、の……この度は、っ」
「そんな堅苦しい事はしなくていいんだよ。君はもう家族なんだから」
「……!」
予想もしなかった辺境伯の温かい言葉に嬉しさが込み上げてくる。
当然のように"家族"として受け入れてくれた事で、一気に心が軽くなった。
安心からホッと息を吐き出した。
そして手を包み込むように握られて、キラキラとした瞳で見つめられてギョッとした。
その瞳にはじんわりと涙が浮かんでいる。
「感動だ……!私は嬉しいッ」
「あ、あの……」
「まぁ、旦那様!予定より早かったのですね」
「マーサ!ご苦労だった」
「いえ……それよりも旦那様の勢いにウェンディ様が困っておられますよ」
「ウェンディとゼルナの顔を早く見たくてね!いやぁ、めでたいな……よくぞこんな辺鄙な所まで来てくれた!」
「あ……っ、はい」
「あの手紙を見て受け入れてくれたという事は、君はゼルナの理想の女性なのだな」
「ーーーー父上!!」
「ん?なんだ、ゼルナ」
「余計な事を言うのは、やめて下さい……っ!」
「事実だろう?」
「それに……ッ、ウ、ウェッ、ウェンディさんが困っているだろう!?」
ゼルナの大きな声を初めて聞いて目を丸くした。
"ウェンディさん"という他人行儀な呼び方は気になるところだが、初めて名前を呼ばれた事に喜びを感じていた。
「ゼルナ……お前」
「その手を、離してくれ……っ」
「そうか、そうか……!そんなにウェンディを愛していたなんて気付かずに済まなかった」
「……!!」
「なっ……」
「ハハッ、新婚の時はそんなもんだ!ブル、お前また大きくなったか?」
「ワンッ!」
元気よく吠えたブルの頭を撫でた辺境伯は、同じようにゼルナの頭もわしゃわしゃと撫でている。
チラリとゼルナを見ると顔を真っ赤にして顔を背けてしまった。
どうやら思っていた以上に子煩悩な辺境伯とゼルナの関係に微笑ましさを感じながら、二人の会話を聞いていた。
「あぁ、良い匂いだな……」
「もう夕食の準備は出来ておりますよ」
「そうか!折角作ってくれたご馳走が冷めてしまうな。皆で行こうじゃないか!」
マルカン辺境伯はゼルナの首根っこを掴むとズルズルと引き摺っていく。
パタパタと手足を動かしながら必死にもがいているが、まるで意味をなさない。
それにあんなに強いゼルナを赤子のように扱う辺境伯に驚いていた。




