20.フレデリックside①
ーーあれは、ほんの出来心だった。
幼い頃から、決まった婚約者が居た。
それを不満に思った事はなかった。
実際、ウェンディはよく尽くして努力してくれた。
ニルセーナ伯爵家の為にと勉強している事も知っていた。
様々な場所で注目を集めていたのに、彼女自身は俺に夢中でその事を知らないままだろう。
「可愛らしい」「羨ましい」
そんな言葉を言われると、まるで自分の事を褒められているようで嬉しかった。
ウェンディは真っ直ぐ此方だけを見ていた。
「フレデリック様の為に」
そう言って、沢山のものを与えてくれた。
彼女は益々努力を重ねて、洗練された仕草と可愛らしい容姿で異性の目を惹きつけていた。
しかし成長と共に気持ちが変わっていく。
以前は嬉しかったウェンディを褒める言葉が、いつからか苦痛になっていた。
最初はウェンディにつり合う自分になろうとした。
けれど、彼女はもう手の届かないところに居た。
そしてそのまま自信を無くしてしまった事をキッカケに、彼女に対しての態度は無意識に変わっていった。
すると、不思議な事に益々尽くしてくれるようになる。
時折、不安そうな顔をして此方の顔色を伺うようになっていったのだ。
その時、いけない事だとは思ったけれど「これだ」と思った。
楽にウェンディを縛りつけるにはどうすればいいか、分かってしまった。
そして彼女が不安になる度に満たされていく。
勿論、罪悪感を覚えたけれど時間と共にそれも消えていった。
母はウェンディを地味だというけれど、彼女を"そう"させているのは自分だった。
(自分が上がっていくのではなく、彼女が落ちてくれればいい)
そう思うのに時間は掛からなかった。
それから自然と彼女が周囲に褒め称えられる事はなくなった。
自信なさげな彼女を見ては、安心感を覚えた。
相変わらず、ウェンディは文句を言わずに尽くしてくれた。
控えめで、いつも一歩後ろに立って、沢山褒めてくれる。
その状態が心地よかった。
やっと自分がウェンディの上に立てた……そう思った。
そんな時にウェンディと代わるように姉のジャネットが社交界を騒がせるようになっていった。
忙しいジャネットと顔を合わせる事はなかったが、ある日デイナント邸に遊びに行った時に偶々彼女と顔を合わせた。
そんな時、此方に妖艶に微笑みかけたのだ。
その瞬間、体の血が沸るように頬が赤くなった。
初めての感覚に驚くと同時に、刺激的なその出来事が忘れられなかった。
社交界を騒がせる彼女の笑みが自分だけに向けられた事に気分が高揚したのだ。
なんとジャネットは次に顔を合わせた時も、その次も此方に話しかけてきた。
(もしかして、俺に興味があるのかな……?いや、そんな訳ない)
ジャネットに「殿下がわたくしの魅力に気付いてくれない」「いい婚約者が見つからない」と、相談される事が度々あった。
その度にドキドキと音を立てる心臓の音が大きくなっていった。
そして、ある日の事ーー。
急に手を握られて、ボディータッチをされながら耳元で囁かれていた。
まるで試されているようだと思った。
濃厚な花の香りにクラリと目眩がした。
「貴方みたいな人が、わたくしに尽くしてくれたら幸せなのに……」
そう言われてプチンと理性の糸が切れた。
此方に遠慮なしに触れてくる彼女に我慢していたものが溢れ出したのだ。
今までのことがどうでも良くなって欲に流されるがまま彼女の言葉に乗せられるままに動いていた。
「何を、しているのですか……?」
ーーやってしまった
ウェンディと目があった瞬間、全身から血の気が引いていくような気がした。
彼女の絶望にゆらめく瞳を見て、取り返しがつかない事をしてしまったと悟ったのだった。




