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それに手紙に書いてある条件を飲んだのも自分。
此処にくる事を選んだのも自分だ。
誰のせいでもない……そう思わなければ暗い気持ちに支配されてしまう。
(ゼルナ様に愛されなくても、自分が思い描いていたような幸せな結婚生活が出来なくても……)
「何か困った事があれば、遠慮せずにわたしに言って下さいね!ここはずっと不便でしょうが……わたしもできるだけお手伝い致します」
「はい」
「……ありがとうございます、ウェンディ様」
「え……?」
「今から屋敷の中を案内致しますね」
「お願いします」
マーサの優しい笑顔を見ていると母を思い出す。
(良かった……マーサさんが良い人で)
細かな部分に気を遣ってくれるマーサのお陰で緊張が少しずつ解けていく。
「坊ちゃんの手紙には、かなり無理な条件ばかり書いてあって驚かれたでしょう?」
「はい……ですが、少しでも条件に沿えるように勉強はしてきたのですが、時間もなく、色々と初めての事ばかりで上手くできるかどうか」
「ウェンディ様……」
マーサは申し訳なさそうにしている。
「……手紙の条件を全て飲んで、此処にきたのは私の意思ですから」
「!!」
「マーサさんは気になさらないで下さい」
手紙の内容を軽く考えていた部分もあったが、万が一と思い、少しでも知識を入れておいて良かったと思っていた。
先程から周りを見てみても侍女も居らず、最低限の従者しか居ないようだった。
「それに、私もゼルナ様を利用しているんですよ……」
「え……?」
「私は…………婚約者に裏切られて此処に参りました」
「まぁ……!」
「母は必死に嫁ぎ先を探してくださいました。けれどこの年齢ですから、なかなか…………。私はどんな条件でも幸運だと思っています。あの家に居るよりはずっと……」
「ウェンディ様……!」
「ゼルナ様が、どんな方でも構いません。ゼルナ様も私の事を、何も知らない状態で受け入れて下さいましたから……恩人なのです」
「………」
「ご迷惑をお掛けすると思いますが、明日から宜しくお願い致します」
苦しそうな表情をしているマーサを心配させないようにニコリと微笑んだ。
マーサも此方の心情を察してくれたのだろう。
これ以上、何も聞かれることはなかった。
その事に安堵している自分が居た。
やはりまだ何かがある度にフレデリックを思い出してしまう。
マーサに話を聞きながら、懸命にメモを取っていた。
想像以上に、自分でやらなければならない事は多そうだ。
彼女の話が丁寧で分かりやすい事が救いだろうか。
その後、部屋に案内してもらった。
以前の部屋よりずっと狭いけれど、とても落ち着く場所だと思った。
少ない荷物を置いて、整理していく。
部屋の中にはシングルのベッドが一つ。
ゼルナの話をマーサから聞いて、同室は有り得ないだろうと思っていたが、やはり想像通りのようだ。
けれど、まだ気持ちの整理がつかない今の自分にとっては何よりも有難い事だった。
新しい場所で、何事もなく新しい生活が始まっていく。
(……早く馴染めたらいいな)
不安と期待が混在していた。
ふと、鏡に自分の姿が映る。
以前のように椅子を引いてくれる侍女は居ない。
自分で椅子を引いてから腰を下ろした。
毎晩、静かに泣き腫らしていた目元にはほんのり赤みが残っている。
「ふふっ……酷い顔ね」
思わず笑ってしまった。
最近は食事も喉を通らなかった。
当然のように話しかけてくるジャネットの顔を見る度に、嫌な気持ちが込み上げてきたからだ。
「大丈夫……きっと、上手くいく」
言い聞かせるように呟いた。
胸を押さえてホッと息を吐き出した後に、無理矢理笑顔を作った。




